シルバーサイズ_(潜水艦)
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USS シルバーサイズ

基本情報
建造所メア・アイランド海軍造船所
運用者 アメリカ海軍
艦種攻撃型潜水艦 (SS)→実験潜水艦 (AGSS)
級名ガトー級潜水艦
艦歴
発注1940年6月28日[1]
起工1940年11月4日[2]
進水1941年8月26日[2]
就役1941年12月15日[2]
退役1946年4月17日[2]
除籍1969年6月30日[2]
その後博物館船として公開
要目
水上排水量1,526 トン
水中排水量2,426 トン
全長311 ft 9 in (95.02 m)
水線長307 ft (93.6 m)
最大幅27 ft 3 in (8.31 m)
吃水17 ft (5.2 m)
主機フェアバンクス・モース38D-1/8型10気筒ディーゼルエンジン×4基
電源エリオット・モーター製 発電機×2基
出力水上:5,400 shp (4.0 MW)
水中:2,740 shp (2.0 MW)
最大速力水上:20.25 ノット
水中:8.75 ノット
航続距離11,000 海里/10ノット時
潜航深度試験時:300 ft (90 m)
乗員士官、兵員70名(平時)
士官、兵員80 - 85名(戦時)
兵装.mw-parser-output .plainlist--only-child>ol,.mw-parser-output .plainlist--only-child>ul{line-height:inherit;list-style:none none;margin:0;padding-left:0}.mw-parser-output .plainlist--only-child>ol li,.mw-parser-output .plainlist--only-child>ul li{margin-bottom:0}

21インチ魚雷発射管×10基(前方6,後方4)/魚雷×24本


竣工時[3]
3インチ砲×1基20mm機銃
1943年5月[4]
4インチ砲(英語版)×1基20mm機銃×2基
1944年11月[5]
4インチ砲×1基40mm機関砲20mm機銃小口径機銃×2基
1945年5月[6]
5インチ砲×1基40mm機関砲20mm連装機銃小口径機銃×2基

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シルバーサイズ (USS Silversides, SS/AGSS-236) は、アメリカ海軍潜水艦ガトー級潜水艦の一隻。艦名はトウゴロウイワシ目の総称に因む。艦名としては複数型に変化している。なお、退役から3年後にスタージョン級原子力潜水艦30番艦として2代目「シルバーサイズ (SSN-679) 」が就役している。アトランティック・シルバーサイド(Atlantic silverside)スペイン名ペヘレイ(Argentinian silverside)ヤクシマイワシ(Hardyhead silverside)
艦歴

「シルバーサイズ」は1940年11月4日にカリフォルニア州ヴァレーオメア・アイランド海軍造船所で起工する。1941年8月26日にエリザベス・H・ホーガン夫人によって進水し、艦長クリード・C・バーリンゲーム少佐(アナポリス1927年組)の指揮下1941年12月15日に就役する。カリフォルニア海域で調整の後真珠湾に回航され、1942年4月4日に到着した。
第1の哨戒 1942年4月 - 6月

4月30日、「シルバーサイズ」は最初の哨戒で日本近海に向かった。哨区の紀伊水道に向かう途中の5月10日6時ごろ、.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯33度00分 東経152度00分 / 北緯33.000度 東経152.000度 / 33.000; 152.000付近[7]の日本本土からおよそ600海里離れ、南鳥島の北に位置する海上で、1隻の漁船のようなものを発見した。これは日本の東方洋上を哨戒していた第二監視艇隊所属の特設監視艇「第五恵比寿丸」(昭和漁業、131トン)で、同船は哨戒線の最南端に位置しており[8]、西に向かって微速航行していた[9]。「第五恵比寿丸」も自艦の南西約2,000mの位置に「シルバーサイズ」を発見しており[9]、6時5分に「敵潜水艦ラシキモノ見ユ 一隻」と打電したが[10]、その後音信不通となった。6時20分、「シルバーサイズ」は「第五恵比寿丸」との距離が右舷側後方約700mまで接近してきたところで3インチ砲と機銃で攻撃を仕掛け、「第五恵比寿丸」も搭載の7.7ミリ機銃と船員が所持していた三八式歩兵銃で応戦した[9]。「シルバーサイズ」は「第五恵比寿丸」より優速であることを生かして自在に転舵して射撃圏外に逃れ、6時27分に3インチ砲弾が「第五恵比寿丸」の船体に命中し、無線機を破壊した[9]。6時30分には艦橋に一弾を命中させ、主要幹部を戦死させた[9]。「シルバーサイズ」は「第五恵比寿丸」の左舷約300mにまで接近し機銃掃射を実施したが、その時、「第五恵比寿丸」からの反撃で3インチ砲砲座周辺が掃射され[11]、砲の装填を担当していた水兵マイク・ハービンが戦死した[12]。「第五恵比寿丸」も操舵不能に陥り戦死者、負傷者が続出していたが射撃を止めず、7時20分には体当たりを企図して突進してきた[11]。「シルバーサイズ」は回避すべく速力を上げて、7時55分頃に南西方向に向けて戦場を離脱した[13]。「シルバーサイズ」は3インチ砲弾約50発、機銃弾を約4,000発消費し、うち砲弾13発、機銃弾多数を命中させ「第五恵比寿丸」を大破させたものの、自身も艦橋構造物にも多数被弾していた。ハービンは第二次世界大戦でのアメリカ潜水艦隊最初の、銃火を交えた行為における戦死者となり[14][注釈 1]、遺体はその日の夜、水葬で弔われた[12]

5月13日、「シルバーサイズ」は北緯33度52分 東経137度09分 / 北緯33.867度 東経137.150度 / 33.867; 137.150の地点で潜水艦を発見して魚雷を1本だけ発射したが、命中音は聞こえなかった[15]。5月17日午後には、北緯33度28分 東経135度33分 / 北緯33.467度 東経135.550度 / 33.467; 135.550の潮岬沖で中型輸送船と大型輸送船各1隻を発見する[16]。この時、「シルバーサイズ」は潜望鏡に竹竿をくくりつけ、これに日の丸を翻させた上、網で漁船に成りすまして漁船群ごしに船団を攻撃した[17]。北緯33度28分 東経135度34分 / 北緯33.467度 東経135.567度 / 33.467; 135.567の地点[18]で魚雷を3本発射し、4,000トン級の貨物船に2本命中させてこれを撃沈したと報じ[17][注釈 2]、戦後の調査では、「ていむす丸」(川崎汽船、5,871トン)と「鳥取丸」(日本郵船、5,973トン)の2隻の陸軍輸送船を撃破したとするが[19]、日本側の記録は、「ていむす丸」と「シンリュウ丸」が雷撃を受けたと書いてあるのみで被害の有無ははっきりしない[20]


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