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羅 志祥
基本情報
別名SHOW Low
生誕 (1979-07-30) 1979年7月30日(44歳)
出身地 台湾
学歴私立培徳高級工業家事職業学校卒業
ジャンルC-POP
職業歌手、俳優、タレント、実業家
担当楽器歌
活動期間1996年 - 現在
レーベル威聚国際(1996年?2001年)
Avex Taiwan(2003年?2006年)
EMI Capitol / 金牌大風(2007年?2012年)
SONY Music Entertainment(2013年?2014年)
環球音樂(2015年?現在)※台湾
ポニーキャニオン(2011年?現在)※日本
事務所天地合娯楽
(ショウ・ルオ)
プロフィール
出生: (1979-07-30) 1979年7月30日(44歳)
出身地:台灣
職業:歌手・俳優・司会・実業家
各種表記
繁体字:羅志祥
?音:Luo Zhixiang
羅馬?音=Lo Chih Hsiang
和名表記:ショウ・ルオ
発音転記:ルオ・ジーシァン
英語名:Show Low
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羅 志祥(ルオ・ジーシァン、英: Show Low、1979年7月30日 - )は、台湾の歌手、俳優、タレント。
概要。(シャオジュウ、子ブタちゃんという意味。)
歌、ダンス、ドラマ、映画、司会と幅広い活動で中国を代表するマルチアイドルで芸能活動のみならず、ファッションブランドの「Stage」も手掛けた。
1996年にユニット「四大天王」の一員としてデビュー(他のメンバーは欧漢声(欧弟)、陳顯政、陳中威)。
その後、欧漢声とのユニットでもある「羅密歐(ロミオ)」など様々な活動を経て2003年にソロデビュー。
脱力系ユニット「Party Boys」、「單飛比較紅」にも所属している。
2002年、フジテレビの「亞洲進行式」の司会を務め日本に半年間滞在。2004年2月、「第1回日中友好歌謡祭」に参加。台湾エイベックスに所属していた2006年、倖田來未とのデュエット曲「Twinkle」をリリースするなど日本のマーケットを視野に入れた活動を展開している。2011年7月20日には、「獨一無二」の日本版アルバム「Only For You」で日本デビューした。
2013年、飛輪海から引き継いで台湾観光イメージキャラクターに就任。
2017年9月30日、金鐘奨で綜藝節目主持人獎(バラエティ司会者賞)を受賞[3]。
2020年4月24日、9年間の交際の末に別れた元恋人がその私生活の乱れや裏切りをSNS上で暴露。羅の今後の芸能活動にも大きな影響をもたらす騒ぎとなっている。
人物
親日家で、日本にまつわる多数のエピソードがある。
日本の芸人の一発芸をよく真似する。中でも十八番は志村けんの「アイーン」と「だっふんだ」。
ドン・キホーテが大好きで、ドン・キホーテに来ると日本に来たと実感する。
好きな日本人:木村拓哉(SMAP)、志村けん
好きな日本食:すき焼き、ラーメン(一蘭など)、すき家、焼肉、たこ焼き、CoCo壱番屋、どら焼き。大阪に来ると毎回ぜんざいと豚まんを食べている。
口癖は「ずるい」。
台湾の自宅ではケーブルテレビの日本専門チャンネルと契約しており、日本のドラマやバラエティを視聴している。
日本のバラエティ番組を見て日本語を覚えたため、日本語のしゃべり方が「チャラい」と評される。
歴代仮面ライダー、ウルトラマンを言うことができると自称している。ドラえもんも好きである。
元々の英語名はAlanであったが、日本でTRFのSAMのダンスレッスンを受けたとき「祥(しょう)」と呼ばれていたことや、「魅せる」と言う意味との掛け言葉でShowに変更した。
2011年3月11日の東日本大震災の際には多額の義援金を送った。
愛犬の名前は「Yuki」で、日本語の「雪」に由来する[4]。
英語は苦手。
好きな台湾の夜市料理は魯肉飯(ルーロウハン)。苦手な食べ物は野菜、チョコレート、コーヒー。また、飲酒はほとんどしない。
買い物が趣味で、自宅に靴は3000足以上ある。日本に滞在中は原宿、渋谷、新宿でよく買い物をする。
ヒョウ柄とクロムハーツを好む。
左耳の2つのダイヤモンドピアスがトレードマークであるが、たまに違うピアスをしていることもある。肌身離さず身につけているネックレスは2005年7月に他界した父親との思い出の品である。
いたずら好きで、司会をする番組に来るゲストの女性をよく驚かせている。2011年4月1日のシドニーのライブ中に死んだふりをしたことは有名である。
体重の増減が激しく、2012年1月17日時点では77kgであった(?樂百分百)。2016年10月では60kg。
動物好きで、拾ってきた犬などの動物を家で何十匹も飼っている。
台湾の兵役は持病(本人曰く「心臟二尖瓣膜閉鎖不全症」、「?骨軟化症」)のため、免除となった。
ダンスの振り付けは台湾の「DANCE SOUL」というスタジオで練習している。同スタジオに所属しているダンサーが台湾でのコンサートのバックダンサーをほぼ全て務めている。ダンサーのうちテリーは振り付け師として、大目はダンス講師としても有名である。
2009年9月19日に韓国ソウルで開催された「2009アジア・ソング・フェスティバル」では、台湾アーティスト代表としてトップバッターを務めた。
2012年より「亞洲舞王」(アジアのダンスキング)と自称して宣伝活動を行う。
2013年8月3日に国立代々木競技場体育館で開催された「a-nation2013」にて大とりを務める倖田の出演時にシークレットゲストとして登場し、倖田とのデュエット曲「twinkle」を熱唱した。
2013年8月5日に国立代々木競技場体育館で開催された「a-nation2013」にて台湾代表として出演。自身の曲を日本語、中国語、英語で熱唱し会場を沸かせた。
2013年9月28日、渋谷公会堂にて一年越しのライブを行った。終演後の観客の声援に応えたアンコールを含め、2時間の公演だった。
2016年1月16日、台湾出身のアイドルである周子瑜の事件を受けて「我々はみな中国人だ」と発言。台湾人ではなく中国人アーティストであるという立場を明確に主張した[5]。
2007年5月4日に超能力者 周欽南に「女性関係・性行為を10年間断てば芸能界で長く大活躍できる」と禁欲を告げられた後、羅の芸能活動は絶好調となり、収入は台湾人スターの中でトップ3入りを果たした[6][7]。しかし2009年にインターネットで出会いを求めていたと報道されており[8]、禁欲5年目の2011年には白龍王の進言を破り、女性と交際開始[9][10]。その後、女性と破局し2020年4月24日にその女性に浮気や女性問題を暴露された後にスキャンダルとなり、アンチが爆発的に増加し、メディアやテレビ出演などが削除され、報道機関が「今後の芸能活動はあらゆる仕事を失う可能性が大きく、その損失額は13億円」と報道した[9][10]。