シュタイアーマルク州(シュタイアーマルクしゅう、ドイツ語: Steiermark 発音)は、オーストリア共和国を構成する9つの連邦州の1つであり、同国内2番目の面積を誇る。州都はグラーツで、自動車生産でも有名な都市である。州内の人口は約121万人で、面積16,392平方キロメートル。州の紋章は銀豹。鉄資源が豊富で鉄鋼業が盛んなため「鉄の辺境地」(Eisener Mark)とも呼ばれている。
名称の出身地がシュタイアーであったことに由来する。ドイツ語の Mark(マルク)は「辺境地・国境地・境界地」を意味する。ドイツ語ではSteiermark(シュタイアーマルク)だが、フランス語ではStyrie(スチリー)、英語ではStyria([?st??r??][2] スティリア)、スロベニア語では?tajerska(シュタイエルスカ)という。なお、この地方で話されるドイツ語方言はSteirischとよばれる。
日本語の表記は、シュタイアーマルク州。他に表記ゆれとして以下のような例がある。 北でニーダーエスターライヒ州およびオーバーエスターライヒ州と、東でブルゲンラント州と、西でザルツブルク州と、南西でケルンテン州と、南でスロベニアと接する。 州の北西部は上シュタイアーマルク(Obersteiermark; オーバーシュタイアーマルク)、グラーツより西は西シュタイアーマルク(Weststeiermark; ヴェストシュタイアーマルク)、グラーツより東は東シュタイアーマルク(Oststeiermark; オストシュタイアーマルク)と呼ばれる。また第一次世界大戦以前はシュタイアーマルク州に含まれていたスロベニアのシュタイエルスカ地方は、下シュタイアーマルク(Untersteiermark; ウンターシュタイアーマルク)と呼ばれていた。 カボチャの種子を原料とした食用油であるパンプキンシードオイルを得るためのカボチャの産地として知られる[3]。 北部は石灰岩の渓谷・洞窟などの地形に富んでいるため、「シュタイリアン・アイゼンヴルツェン」としてユネスコ世界ジオパークに指定されている[4]。
シュタイアマルク州
シュタイエルマルク州
シュタイヤーマルク州
シュタイヤマルク州
地理
歴史オーストリアで唯一現存するローマ時代の墓。グラーツ=ウムゲーブング郡
現在のシュタイアーマルク州に人類が住み始めたのは、旧石器時代にまでさかのぼる。ローマ化される前にははじめイリュリア人が、次いでケルト人が住んでいたが、紀元前後にローマ帝国に征服された。ローマ帝国は西側にパンノニア属州、東側にノリクム属州を設置した。ゲルマン民族の大移動によって西ローマ帝国の統治を離れた後、6世紀にはスラヴ人によるカランタニア公国が成立した。
797年にカール大帝はこの地を征服してフランク王国の支配下に組み込んだ。これ以降バイエルン人による植民が始まり、キリスト教化が進んだ。10世紀にはマジャル人の侵入を受けるが、東フランク王オットー1世はレヒフェルトの戦い(955年)に勝利し、さらに東方への備えとしてケルンテン公領内にシュタイアーマルク辺境伯を置いた(970年頃)。