(国旗)(国章)
国の標語: Animus Tuus Dominus(ラテン語)
和訳例:あなたの心はあなたのもの
1190年
公用語ラテン語、シチリア語、イタリア語
(口語 : アラビア語、ギリシア語等)
国教カトリック
宗教ユダヤ教
イスラム教
首都パレルモ
国王
1130年 - 1154年ルッジェーロ2世
1197年 - 1250年フェデリーコ1世
1412年 - 1416年フェルディナンド1世
1516年 - 1556年カルロ2世
1759年 - 1816年フェルディナンド3世
人口
1800年1,700,000人
変遷
ルッジェーロ2世の王位獲得1130年
シチリアの晩祷1282年
カスペの妥協1412年
カルロ5世の即位1735年
両シチリア王国が正式に成立1816年
通貨ピアストル
現在 イタリア
マルタ
チュニジア
ギリシャ
アルバニア
リビア
先代次代
シチリア公国
シチリア王国(シチリアおうこく、羅: Regnum Siciliae, 伊: Regno di Sicilia)は、中世から近世にかけて、シチリア島やイタリア半島南部を支配した王国である。現在は、その領域はほぼイタリア共和国領の一部となっている。
歴史
ノルマン・シチリア王国の成立詳細は「ノルマン人による南イタリア征服」および「ノルマン・東ローマ戦争」を参照
11世紀半ば、フランスのノルマンディー地方から兄弟と共にイタリアにやってきたノルマン人の騎士ロベルト・イル・グイスカルドは東ローマ帝国領だった南イタリアを占領した。1071年、弟のルッジェーロ1世はシチリア全島を占領した。この功によりルッジェーロ1世はロベルトからシチリア伯位 (en) を与えられた。
1130年、ルッジェーロ1世の息子でありルッジェーロ2世は対立教皇地位であるアナクレトゥス2世から王位を得て、オートヴィル朝(俗に言うノルマン朝)シチリア王国が成立した。
1189年、シチリア王グリエルモ2世が後継者なく死去し、ローマ皇帝ハインリヒ6世妃である伯母コスタンツァと、伯父の庶子であるレッチェ伯タンクレーディが王位を争ったが、外国の支配を嫌う諸侯の支持を得てタンクレーディが王位についた。