シカ・アノアイ
プロフィール
リングネームシカ
シカ・ザ・ワイルド・サモアン
ワイルド・サモアン・シカ
ワイルド・サモアン2号
ニックネーム南海の獣人
身長188cm
体重130kg(全盛時)
誕生日 (1945-04-05) 1945年4月5日(78歳)
出身地 アメリカ領サモア
トレーナーアファ・アノアイ
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シカ・アノアイ(Leati "Sika" Anoa'i、1945年4月5日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。アメリカ領の東サモア諸島出身。
アノアイ・ファミリーの総帥である兄のアファ・アノアイとのタッグチーム、ワイルド・サモアンズ(The Wild Samoans)での活動で知られる。ロージーことマット・アノアイと、ロマン・レインズことジョー・アノアイの父親である。 兄アファ・アノアイに続いて1970年代前半にデビューし、スチュ・ハートの主宰するカナダ・カルガリーのスタンピード・レスリングにてザ・サモアンズを結成。以降アファと共に1973年から1984年にかけて、ジ・アイランダーズおよびワイルド・サモアンズの名義でデトロイト、アラバマ、テネシー、ルイジアナ、ジョージア、ニューヨークなど全米の主要テリトリーを転戦、各地のタッグ王座を再三獲得した。日本には、国際プロレスに3回、新日本プロレスに2回来日している。詳細は「ワイルド・サモアンズ」を参照 シングルでは1980年3月24日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいてボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦[1]。1985年にアファとのフルタイムのチームを解散し、1986年から1988年までヒールのシングル・プレイヤーとしてWWFで活動。初期はキング・イヤウケア、後にミスター・フジをマネージャーに、カマラとも野獣コンビを結成した[2]。1988年3月27日のレッスルマニアIVでは、オープニング・アクトのバトルロイヤルに出場している[3]。1980年代末にはアラバマのCWFにて、ヨコズナこと甥のグレート・コキーナともタッグを組んだ。 引退後はフロリダ州ペンサコーラのインディー団体 "XW2000" の運営に携わっている。2007年にはアファと共にWWE殿堂に迎えられた[4]。 スタンピード・レスリング NWAデトロイト NWAオールスター・レスリング
来歴
得意技
サモアン・ドロップ(Samoan Drop)
ヘッドバット
バックハンド・チョップ
クロー・ホールド
獲得タイトル
インターナショナル・タッグ王座(カルガリー版):2回(w / アファ・アノアイ)[5]
NWA世界タッグ王座(デトロイト版):2回(w / アファ・アノアイ)[6]
NWAカナディアン・タッグ王座(バンクーバー版):1回(w / アファ・アノアイ)[7]