最高裁判所判例
事件名猥褻文書販売被告事件
事件番号昭和26(あ)172
1951年5月10日
判例集刑集5巻6号1026頁
サンデー娯楽事件(サンデーごらくじけん)とは、「好色話の泉」・「其の夜我慾情す」・「変態女の秘戲」・「処女の門、十七の扉ひらかる」という記事を掲載した新聞[1][注 1]『サンデー娯楽』の猥褻(わいせつ)性が問題となった事件である。
1948年(昭和23年)2月に編集発行人が摘発され、第一審の大阪地方裁判所、1950年(昭和25年)11月27日[4]の第二審・大阪高等裁判所のいずれにおいても有罪判決が下された[2]。最高裁判所第一小法廷は、1951年(昭和26年)5月10日、この事件の上告審で、「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」文書が刑法175条の猥褻文書であるとする基準(わいせつ三要件)を採用し[5][6][7]、『サンデー娯楽』のわいせつ性を肯定した(刑集5巻6号1026頁)[8][9]。被告人の上告は棄却された[2][10]。
わいせつ三要件は、チャタレー事件における1957年(昭和32年)の最高裁大法廷判決でも踏襲された[5][6][7][8][11][12]。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 一部資料では雑誌[2](カストリ雑誌[3])。
出典^ “ ⇒『悪徳の栄え』事件 控訴審 検察官山本清二郎の控訴趣意”. 憲法学習用基本判決集. 須賀博志(京都産業大学法学部). 2017年2月26日閲覧。
^ a b c 根村直美 2001, p. 133.
^ 園田寿 & 臺宏士 2016, p. 259.
^ “裁判例情報:検索結果詳細画面”. 最高裁判所. 2017年2月26日閲覧。
^ a b 梶原健佑 2004, p. 270.
^ a b 梶原健佑 2004, p. 275.
^ a b 阪本 2000, pp. 118?119.