サド侯爵夫人
訳題Madame de Sade
作者三島由紀夫
国 日本
言語日本語
ジャンル戯曲
幕数3幕
初出情報
初出『文藝』1965年11月号
刊本情報
出版元河出書房新社
出版年月日1965年11月15日
装幀秋山正
『サド侯爵夫人』(サドこうしゃくふじん)は、三島由紀夫の戯曲。全3幕から成る。無垢と怪物性、残酷と優しさの多面の顔を持つ夫・サド侯爵の出獄を20年間待ち続けた貞淑な妻・ルネ夫人の愛の思念を描き[1]、悪徳の刻印を押されたサド侯爵の人物像を、6人の女の対立的な会話劇により浮かび上がらせながら、ルネ夫人の最後の不可解な決意の謎を探った作品[2]。日本国内のみならず海外でも上演され続け、特にフランスで人気が高い戯曲でもある[3]。昭和40年度芸術祭賞演劇部門賞受賞作品。三島の最も成功した戯曲というだけでなく、「戦後演劇史上最高傑作の戯曲」と評価された[4][5][注釈 1]。登場人物が女性6人だけなので、男性4人のみの『わが友ヒットラー』と対をなす作品となっている[6]。
発表経過)、同年11月15日に河出書房新社より単行本刊行された[7][8][9]。初演は前日11月14日から11月29日に劇団NLT+紀伊國屋ホール提携公演として、丹阿弥谷津子ら出演で紀伊國屋ホールで上演され、昭和40年度芸術祭賞演劇部門賞を受賞した[7][10]。
翻訳版はドナルド・キーン訳(英題:Madame de Sade)を始め、マンディアルグ訳によりフランス(仏題:Madame de Sade)、アラビア(剌題:al-Sayyida Di Sad)スウェーデン(典題:Markisinnan de Sade)、イタリア(伊題:Madame de Sade)、ドイツ(独題:Madame de Sade)などで行われている[3][11]。 三島由紀夫が『サド侯爵夫人』創作するきっかけとなったのは、友人でもある作家・澁澤龍彦著『サド侯爵の生涯』[12] を読んだことであった[2][5]。三島は、老年になった侯爵と夫人との離別に最も触発されたとして、以下のように述べている[2]。私がもつとも作家的興味をそそられたのは、サド侯爵夫人があれほど貞節を貫き、獄中の良人に終始一貫尽してゐながら、なぜサドが、老年に及んではじめて自由の身になると、とたんに別れてしまふのか、といふ謎であつた。この芝居はこの謎から出発し、その謎の論理的解明を試みたものである。そこには人間性のもつとも不可解、かつ、もつとも真実なものが宿つてゐる筈であり、私はすべてをその視点に置いて、そこからサドを眺めてみたかつた。 ? 三島由紀夫「跋」(『サド侯爵夫人』)[2] 舞台は、パリのモントルイユ夫人邸のサロン。サド侯爵夫人・ルネの母の家である。登場人物は、モントルイユ夫人、ルネ、シミアーヌ男爵夫人、サン・フォン伯爵夫人、ルネの妹・アンヌ、家政婦・シャルロットの女性6人のみで、話題の中心人物であるサド侯爵(アルフォンス)は登場しない[注釈 2]。 第1幕は1772年の秋。第2幕は6年後の1778年9月。第3幕はさらに12年後の1790年4月。なお、モントルイユ夫人、ルネ、アンヌ、サド以外の人物は作者創作の架空の人物である[2]。 サド侯爵夫人・ルネは「貞淑」。厳格な母親モントルイユ夫人は「法・社会・道徳」。敬虔なクリスチャンのシミアーヌ男爵夫人は「神」。性的に奔放なサン・フォン伯爵夫人は「肉欲」。ルネの妹・アンヌは「無邪気、無節操」。家政婦・シャルロットは「民衆」を代表するものとして描かれ、これらが惑星の運行のように交錯しつつ廻転し、すべてはサド侯爵夫人をめぐる一つの精密な数学的体系となる[2]。 第1幕 - 1772年秋。パリのモントルイユ夫人邸のサロン。サド侯爵夫人・ルネの母親であるモントルイユ夫人は、娘婿であるアルフォンス(サド)の無罪を勝ち取るための裏工作を依頼しようと、自邸に敬虔なクリスチャンのシミアーヌ男爵夫人と、性的に奔放で有名なサン・フォン伯爵夫人の2人を招いていた。アルフォンス(サド)は、娼婦虐待事件(マルセイユ事件 第2幕 - 6年後の1778年9月。パリのモントルイユ夫人邸のサロン。ルネは妹・アンヌから、アルフォンス(サド)の犯罪を罰金刑で済ますとする高等法院の再審の結果を聞き喜ぶ。これまでルネは、5年前にアルフォンスの脱獄を図り成功させ、有罪判決を破棄させようと懸命に努めたが、母・モントルイユ夫人の計らいで夫は再逮捕されていたのである。ところが喜んだのもつかの間、再審で釈放を勝ち取った直後、夫はその場で今度は王家の警官に捕らえられ、さらに厳重な牢獄へ入れられたという。その経緯を、ルネはサン・フォン伯爵夫人から聞く。そして、それは全てモントルイユ夫人の申請による策略だと聞かされた。ルネは母・モントルイユ夫人に詰め寄り、激しい言葉の応酬が交わされる。母はルネに、夫(サド)を牢屋に入れておけば嫉妬もせずにすむのに、どうして彼の自由を願うのかと聞き返す。それはお母様から教わった「貞淑」のためだとルネは言うが、母は納得しない。母・モントルイユ夫人は密偵からの報告で、アルフォンス(サド)が脱獄していた時、ルネが彼の生贄になり、汚らわしい行為に耽っていたのを知っていたのである。それをルネに向かって話してしまうが、ルネは、あなた方夫婦(父と母)は偽善としきたりの愛で道徳や正常さと一緒に寝て、一寸でも則に外れたものを憎しみ、蔑んでいると母に言い返し、「アルフォンスは、私だったのです」と告白する。 第3幕 - さらに12年後の1790年4月。フランス革命勃発後9ヶ月。
執筆背景
設定・構成
あらすじ