サイエンス
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .hatnote{margin:0.5em 0;padding:3px 2em;background-color:transparent;border-bottom:1px solid #a2a9b1;font-size:90%}

この項目では、学術雑誌について説明しています。

学問分野については「科学」をご覧ください。

日本の一般向けの科学雑誌については「日経サイエンス」をご覧ください。

アメリカで発行されていた一般向け科学雑誌については「サイエンス (1979年創刊の雑誌)」をご覧ください。

日本の住宅設備機器メーカーについては「サイエンス (企業)」をご覧ください。

東野圭吾のエッセイ集については「さいえんす?」をご覧ください。

Science 


学術分野学際
査読あり
言語英語
詳細
出版社アメリカ科学振興協会
出版国 アメリカ合衆国
出版歴1880年–現在
(3 series of volumes)
出版間隔週刊
インパクトファクター33.611(2014年)
分類
ISSN0036-8075 (印刷物用)
1095-9203 (ウェブ用)

LCCN00-227002
外部リンク


Content URL

Informational URL

JSTOR

プロジェクト:出版Portal:書物
テンプレートを表示

『サイエンス』(英語: Science)は、1880年に創刊され、現在アメリカ科学振興協会 (AAAS) によって発行されている科学学術雑誌である。
概説

世界で特に権威がある学術雑誌の一つとされている[1][2]査読記事が掲載される雑誌であり、週刊で約13万部印刷されている。刊行は米国時間で毎週金曜日に行われる。読者数はオンライン版も合わせて100万人あまりと公表されている[3]

同誌の主要項目は、オリジナルの学術論文[注 1]の発表および研究結果のレビュー[要曖昧さ回避]である。その他にも科学関連のニュース意見の掲載を行うこともある。掲載される分野は、科学全般に渡っており、同様の学術雑誌であるネイチャーとの比較はよく行われる。

発行は、アメリカ科学振興協会が行っているが、論文の投稿に当たっては、協会の会員などである必要はなく、全世界から論文の投稿を受け付けている。掲載基準は厳しく、投稿論文の10%以下しか掲載されず、それらの投稿も査読を経る必要がある。そのために、同誌の権威は高く、学術界において特に引用される雑誌の一つとなっている。

編集部はアメリカ合衆国ワシントンD.C.にあり、第二事務所がイギリスケンブリッジにある。

また、ライフサイエンス分野の翻訳会社である株式会社アスカコーポレーションが日本における総合代理店業務を行っている[4]

毎年6月から翌年5月に掲載された研究論文のうち、特に基礎科学の進展に深く貢献するデータや理論、広く影響を及ぼす技術的成果を発表した論文を選定し、その全著者にニューカム・クリーブランド賞が授与される[5]
歴史

1880年にニューヨークのジャーナリスト、ジョン・マイケルズによって創刊された。当初、トーマス・エジソン、後にはグラハム・ベルの資金援助があった。1880年グラハム・ベルは、人間のの記録と再生についての研究を本誌に発表。しかし、十分な購読者を得られなかったために、1882年3月には一旦休刊した。1883年にサミュエル・H・スカッダー(Samuel Hubbard Scudder)により再開され、AAASを含むアメリカの著名な学会の会合について記事を掲載することである程度の成功を収めたが[6]、資金難により1894年には500ドルでジェームズ・キャッテルに売却された。

キャッテルは、1900年にアメリカ科学振興協会と協力関係を築き、サイエンスを協会の定期刊行物とすることに成功した[7]20世紀初期においては、トーマス・ハント・モーガン遺伝子の研究やアルバート・アインシュタイン重力レンズの研究、エドウィン・ハッブル銀河に関する論文が掲載され、同誌の評価を高めた[8]。キャッテルは1944年に亡くなり、同誌の発行権はアメリカ科学振興協会に移った[9]

キャッテルの死後は一貫した編集者がしばらく決まらなかったが、1956年にグラハム・デュシェーンが編集長に就任した。1962年から1984年までは、物理学者ネプツニウム発見でも知られるフィリップ・アベルソンが編集長を務めた。アベルソンは査読プロセスの効率を改善し、現在の出版方式を定着させた[10]。この間、アポロ計画に関連した論文やエイズの初期報告が掲載された[11]

1985年から1995年までは、生化学者ダニエル・コシュランド(Daniel E. Koshland, Jr.)が編集長を務めた。1995年から2000年までは神経科学者フロイド・ブルーム(Floyd E. Bloom)が後を引き継いだ[11]

2000年には生物学者のドナルド・ケネディ(Donald Kennedy)が編集長に就任。2008年3月には生化学者ブルース・アルバーツ(Bruce Alberts)が後を引き継いだ[12]

2001年2月ヒトゲノムのドラフト配列解読結果がネイチャー誌とほぼ同時に掲載された。サイエンス誌が掲載したのは Celera Genomics という企業の論文で、ネイチャー誌が掲載したのはヒトゲノム計画の論文だった。

尚、2006年6月2日号は「はやぶさ特集号(Special Issue: Hayabusa at Asteroid Itokawa)」と題され、小惑星イトカワの画像が表紙に用いられ、はやぶさのイトカワ探査関連の論文が一挙に7本掲載された。日本発の研究による同誌の特集はこれが初の出来事となった[13]。ちなみに、日本関連ではその後、2007年12月7日号が「ひので特集号」とされ、ひのでの撮影した映像が表紙を飾り、9本の論文が掲載された。

2007年ネイチャー誌と共にアストゥリアス皇太子賞のコミュニケーションおよびヒューマニズム部門を受賞。
事件と批判

同誌はヘンドリック・シェーンが52Kで超伝導を観測したとする論文を2000年に掲載したが(Science 288, 2338 (2000))、2002年、シェーンがデータを捏造していたことが第三者の指摘で判明すると、シェーンが投稿した8本の論文の掲載を取りやめた。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:24 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef