公用語ペルシア語
首都デリー
スルターン
1414年 - 1424年ヒズル・ハーン(初代)
1421年 - 1434年ムバーラク・シャー(第2代)
1434年 - 1445年ムハンマド・シャー(第3代)
1445年 - 1451年アラー・ウッディーン・アーラム・シャー(最後)
変遷
成立1414年
滅亡1451年
サイイド朝(サイイドちょう、ペルシア語: ????? ???、Sayyid dynasty)とは、北インドの一部を4代37年にわたって支配した、デリー・スルターン朝の4番目のトルコ系イスラーム王朝(1414年 - 1451年)。首都はデリー。名称は、建国者のヒズル・ハーンが「サイイド」、すなわちムハンマドの子孫であると称したことに由来する[1]。 1398年末、有能な統治者に恵まれず弱体化したトゥグルク朝は、ティムールの侵入により大混乱に陥り、無力化していた[2]。1405年、ティムールが明遠征の途上、中央アジアのオトラルで亡くなると、ティムール帝国は内紛を起こし、それを制したのはティムールの4男・シャー・ルフであった。 パンジャーブ総督のヒズル・ハーンはシャー・ルフに従って、1413年には王家が断絶して大混乱していたトゥグルク朝に攻勢をかけ、1414年にはデリーを占領してトゥグルク朝を滅ぼした[2]。
歴史