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出典検索?: "ゴードン・ノースコット事件"
ゴードン・スチュアート・ノースコット
Gordon Stewart Northcott
ゴードン・ノースコットのマグショット
個人情報
生誕 (1906-11-09) 1906年11月9日
カナダ・サスカチュワン州ブラッドワース
死没1930年10月2日(1930-10-02)(23歳没)
アメリカ合衆国・ カリフォルニア州マリン郡
サン・クエンティン州立刑務所
死因絞首刑
殺人
犠牲者数確定:3人
疑惑:20人
犯行期間1926年?1928年
国 アメリカ合衆国
州 カリフォルニア州
逮捕日1928年9月19日
司法上処分
有罪判決殺人罪
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ゴードン・ノースコット事件(ゴードン・ノースコットじけん、Gordon Northcott)とはアメリカ合衆国で1920年代後半に発生した連続少年誘拐殺人事件である。別名をワインヴィル(現在のマイラ・ローマ)養鶏場連続殺人事件"Wineville Chicken Coop Murders"と呼ばれている。裁判で有罪になったのは3人の殺害であるが、本人いわく犠牲者は後述のウォルター・コリンズなど20人としている。
この事件の被害者の母親の身に起きた出来事をモチーフにした映画が2008年公開の『チェンジリング』であり、一連の犯罪の首謀者・ゴードン役をジェイソン・バトラー・ハーナーが演じた。
アメリカで発生した80年近く前の事件であることから、映画の作中では関係者全て実名である。 1926年、カリフォルニア州リヴァーサイド郡で養鶏場を営むゴードン・スチュアート・ノースコット(Gordon Stewart Northcott)は、カナダのサスカチュワンから当時14歳の甥のサンフォード・クラーク(Sanford Clark)を引き取っていた。 1928年2月にラ・プエンテの溝の中で、身元不明のメキシコ人少年の首のない死体が発見された。さらに近所の2人の兄弟がゴードンと一緒にいるところを目撃されたのを最後に行方不明になっていた。9月にロサンゼルス市警察はゴードンの養鶏場を捜査のために捜索したが、そこでメキシコ人少年の頭部を発見した。警察がクラークを追及したところ、ゴードンが2人の少年を性的虐待したうえで撲殺したことを自白した。またゴードンが母親のサラ・ルイーズ(Sarah Louise Northcott)の助けを借りて何人もの少年を誘拐しては、養鶏場に監禁し猥褻行為をした挙句に殺害した後、周辺に遺体を埋めていたことも判明した。 警察が捜索したところ骨片しか発見できなかったが、これはクラークの証言では証拠隠滅のために生石灰で処分したためであるというものであった。なお、当時21歳のゴードンは警察が養鶏場を捜索する前にカナダに逃亡していたが、ブリティッシュコロンビア州ヴァーノンで拘束され、カリフォルニアに送還され3人の殺害容疑で起訴された。 ゴードンは、連続少年誘拐殺人犯であった。彼は少年を誘拐してきて養鶏場に監禁し、自己の歪んだ性的欲求の捌け口にしただけでなく、時には金銭目当てに身元不明の同様な性的嗜好を持つ顧客に「貸し出して」いたというものであった。彼ら被害者の少年は飽きて必要がなくなれば撲殺して生石灰で肉を溶かし骨を養鶏場周辺の砂漠に遺棄されていた。この作業を手伝わされていたクラークが証言した遺棄現場からは大量の人骨が発見された。 クラークは事件の重大な証言をしたことから、司法取引の見返りとして刑事裁判では起訴されなかった。氏名の変更命令を出され少年院送致となり、その後カナダに強制送還された。彼は事件の関係者の中では最も長生きし家庭を構え1991年に死亡した。
事件の概要
事件の波紋と刑事裁判