コンピュータ音楽
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コンピュータ音楽(コンピュータおんがく、computer music、コンピュータ・ミュージック)とは、コンピュータ技術の音楽作曲演奏への応用であり、作曲家が新しい楽曲を製作するサポートとしてコンピュータを利用したり、作曲アルゴリズムによりコンピュータが独自に楽曲を製作したりすることを指す。演奏への応用については、電子音楽との境界は曖昧である[1]。コンピュータ音楽には、既存もしくは新規のソフトウェア技術の理論と応用が含まれ、また、音響生成デジタル信号処理サウンドデザイン、音の拡散、音響学電気工学音響心理学などの音楽の様々な側面が含まれる[2]。コンピュータ音楽の起源は、電子音楽の起源、すなわち、20世紀初頭の電子楽器による音楽の実践にまで遡ることができる[3]
歴史CSIRAC(サイラック、旧名 CSIR Mark 1)。オーストラリア初のデジタルコンピュータであり、世界で初めて音楽を演奏したコンピュータでもある。

コンピュータ音楽の研究は、古代ギリシャ人が『宇宙の諧調(英語版)』(Musica universalis)を著して以来の、音楽と数学の関係の研究の延長上にあるものである。

コンピュータによる初めての音楽の演奏は、1950年、オーストラリア初のデジタルコンピュータであるCSIR Mark 1(後にCSIRACに改名された)によるものである。アメリカイギリスでそれよりも早くコンピュータによる音楽の演奏がされていたという新聞報道もあったが、それらを裏付ける証拠がなく、これらの話は全て否定されている。コンピュータで音楽を演奏しようとしたきっかけは、コンピュータがノイズを発生させることからであろうという研究結果があるが[4]、それを実際に行ったという証拠はない[5][6]

数学者のジェフ・ヒルは、1950年代初頭からCSIR Mark 1を使って様々なポピュラーミュージックを演奏させるためのプログラムを製作していた。1950年に初めて演奏されたものは録音はされていなかったが、後にプログラムが復元されている[7][8]。1951年には初めて公の場での演奏が行われた。その時演奏されたのは行進曲『ボギー大佐』だったが[9]、これも録音されておらず、復元されたものしかない。

イギリスでは、1951年末にクリストファー・ストレイチーFerranti Mark 1を使ってイギリス国歌を演奏したのが最初だった。同年末、BBCの国外向け放送により、イギリス国歌、『バー・バー・ブラック・シープ』、『イン・ザ・ムード』のそれぞれ一部を演奏したものが録音された。CSIR Mark 1での演奏は録音されていなかったため、ストレイチーによるものが、初めて録音されたコンピュータによる音楽演奏ということになる。この録音は ⇒マンチェスター大学のWebサイトで聞くことができる。2016年、カンタベリー大学の研究者がこの録音のノイズを除去して復元した。その成果はSoundCloudで聞くことができる[10][11][7]

1950年代には、コンピュータによるデジタル音響生成と作曲アルゴリズムにおいて大きな進展があった。1957年、ベル研究所マックス・マシューズが音響合成ソフトウェアMUSIC-Iを開発し、MUSIC-Nシリーズとして開発を継続した。マシューズは1963年に『サイエンス』に記事を書き、コンピュータ音楽を一般的なものにした[12]。レジャリン・ヒラー(英語版)とレオナルド・アイザックソン(英語版)は1956年から1959年にかけてアルゴリズムによる作曲活動を行い、1957年に弦楽四重奏曲『ILLIAC組曲(英語版)』(Illiac Suite)を初演した[13]

日本では、慶應義塾大学の関根智明と東芝の林大雅[14]TOSBACを使って実験を行ったのが始まりである。その成果として、『ILLIAC組曲』から名前を取った『TOSBAC組曲』がコンピュータにより作曲された。その後の日本における作品には、大阪万博で発表された江崎健次郎の作品や、音楽評論家の武田明倫による『パノラミック・ソノール』(Panoramic Sonore)(1974年)などがある。江崎は1970年に「現代音楽とコンピュータ」という記事を執筆している。それ以降の日本におけるコンピュータ音楽の研究は、主にポピュラーミュージックにおける商業目的のために行われてきたが、1970年代にはフェアライトなどの大型のコンピュータを用いて音楽制作を行うミュージシャンも現れた[15]ヤマハ初のFMシンセサイザー・GS1のプログラム用コンピュータ

初期のコンピュータ音楽のプログラムは、一般にリアルタイムに動作するものではなかったが、CSIR Mark 1Ferranti Mark 1での最初の実験はリアルタイムで動作した。1950年代後半にはわずか数分の音楽を生成するのに、高価なコンピュータを何時間も動かす必要があったものだったが、それからプログラムは洗練された物になっていった[16][17]。生成時間を短くするための方法の一つがアナログシンセサイザーをデジタルで制御する「ハイブリッド・システム」で、初期の例として、マックス・マシューズのGROOVEシステム(1969年)や、ピーター・ジノビエフ(英語版)のMUSYS(1969年)などがある。

1967年5月、イタリア初のコンピュータ音楽の実験が、フィレンツェのS 2F Mスタジオにおいて[18]ゼネラル・エレクトリック情報システム・イタリアの協力により行われた[19]オリベッティ社製GE115を使用しピエトロ・グロッシ(英語版)が演奏した。この実験では、フェルッチョ・ズーリアンが書いた3つのプログラムが使用され[20]、グロッシがバッハパガニーニヴェーベルンの作品を演奏し、新しい音の構造を研究するために使用された[21]

1970年代後半には、これらのシステムが市販されるようになった。1978年には、マイクロプロセッサで動くシステムがアナログシンセサイザーを制御するローランド MC-8マイクロコンポーザが発売された[15]。1960年代から1970年代にかけてジョン・チャウニングが研究を行ったFM合成技術により、より効率的なデジタル音響合成が可能となった[22]。1983年には、世界初のフルデジタルシンセサイザー・ヤマハDX7が発売された[23]。DX7を始めとする、安価なデジタルチップやマイクロコンピュータの登場により、コンピュータ音楽のリアルタイム生成が可能となった[23]。1980年代、NECのPC-8800シリーズなど日本製パーソナルコンピュータにFM音源チップが搭載され、MMLなどの音楽記述言語(英語版)やMIDIインタフェースが搭載され、ゲーム音楽チップチューン)の制作に多く使われるようになった[15]


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