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コンパクトカーとは、乗用車の形状の1つである。全長4,400 mm級未満の小型車に用いられることが多い[1]。特にただし書きがない限り、日本ではそのうち登録車(軽自動車以外)を指すのが一般的である。 これといった明確な定義は存在しないが、日本では一般的に普通車のうち全長が4,200 mm程度まで、全幅がおよそ1,700 mm程度まで[注 1]の「5ナンバー枠」のサイズの前後で、形はハッチバックやトールワゴンなどの2ボックス型ボディが主流である。欧州の基準で言えばBセグメントが近い。また輸入車と比較する場合にはCセグメントをコンパクトカーの範疇に収める場合もある。エンジン排気量は1,000 - 1,500 ccクラスの直列3気筒から4気筒のものが多いが、一部グレードや姉妹車に1,500 cc超、車種によってはV型6気筒3,500 ccもの大排気量エンジンを搭載しているもの(例: 前者が1.5Lモデルの「RS」を除くトヨタ・GRヤリス、後者がトヨタ・ブレイドマスターなど)もある。近年は安全基準の強化や海外での売り上げを重視する車作りが進み、車が全体的に肥大化しているため、国内でのコンパクトカーの人気は安定して高い。2019年現在、日本で売れている登録車の25%はコンパクトカーである[2]。 一方で広大な土地を有する北米大陸における「コンパクトカー」は、日本より一回り上の大きさのCセグメント車、具体的にはトヨタ・カローラ、日産・セントラ(日本名: 日産・シルフィ)、ホンダ・シビック、マツダ・MAZDA3クラスの車を指す。全長は4,300 mmから4,700 mmで4気筒エンジンを搭載するものが多く、排気量はおおむね1,500 - 2,500 cc程度である。なお、2020年現在における基準ではノッチバックセダン、およびクーペ、ステーションワゴンの場合、全長4,500 mm以下・全幅1,750 mm以下・ホイールベース2,650 mm以下はそれぞれサブコンパクトカー(欧州の基準でいうフルBセグメント〔BCセグメント〕相当)に分類され、具体的には日産・ヴァーサ、トヨタ・プリウスC(日本名:トヨタ・アクア)、トヨタ・ヤリス(北米市場向けのみマツダ・MAZDA2(ハッチバック/セダン)のOEM)、日本仕様のトヨタ・カローラセダン/カローラツーリングなどがこれに該当する。 欧州では日本同様Bセグメントのハッチバックと、加えてさらに小柄なAセグメント[注 2]車も指す。Aセグメントはヨーロッパ諸国において主流となっているクラスで、日本にも主な車種が輸入・販売されている(後述)。以前より一部のカーマニアが物珍しさに購入していたが、1990年代からの価格の値下げ(日本車の同クラスの2-3割高程度まで縮小)や右ハンドル車・販売網・サービス体制などの拡充で、場合によっては国産車との比較対象に入る場合もある。[注 3]結果としてカーマニアではない一般のユーザー(国産車とユーザー層が同じ主婦など)が購入するケースも、かつてほど珍しいモノではなくなってきている。 2000年代初頭に、欧州メーカーから小排気量エンジンにターボを装着した「ダウンサイジングターボ」が誕生し、急速に普及。同ターボは、小排気量化で高速性能と燃費向上を両立させ、気筒数の減少でコストダウンと軽量化を可能とし、国産メーカーでも多くの車種で採用された。それ以前は、アルファロメオ「147 GTA」、BMW「M140i」、トヨタ「ブレイドマスター」、スバル「インプレッサ WRX STI A-Line」など大排気量のコンパクトカーも存在した[3]。 モータースポーツではラリーやジムカーナ、ダートトライアルなど、小回りが重要な競技で用いられることが多い。特にWRC(世界ラリー選手権)や世界ラリークロス選手権では、現在下位クラス含め用いられているマシンの殆どはコンパクトカーである。 国民車構想の発表から、各方面から自動車産業への参入が見られ、現在に続く軽自動車規格が生まれるきっかけとなる。 名称登場年備考 自動車そのものの普及(大衆化)を目指していた時代で、低廉な価格で必用十分な性能を得るため、各社とも、小型・軽量化に腐心する。また、消費者の上級・高級志向が予想以上に強く、各社とも販売開始直後に、見栄え、性能、装備の見直しを迫られる。 名称登場年備考
概要・定義
日本におけるコンパクトカーの歴史
1950年代
スズキ・スズライト1955年鈴木自動織機(現・スズキ)がロイト LP 400やシトロエン・2CVなどを参考にして独力で開発した4輪車。実用水準に到達し、商業的に軌道に乗った日本初の軽自動車と見られている。
スバル・3601958年東洋一の航空機メーカーであった旧中島飛行機の技術陣が、そのノウハウを生かしたマイクロカー。優れた設計から、軽自動車の傑作となる。
1960年代
三菱・5001960年太平洋戦争後に改組された三菱重工業が、乗用車市場への本格参入を目指して開発。
トヨタ・パブリカ 7001961年国民車構想に呼応し、シトロエン・2CVを目指しFF車として企画されるも、信頼性の高いFRとなり、結果として、トヨタ唯一となる空冷水平対向2気筒エンジンのみが残った。安価で信頼性の高い大衆車を具現化したが、簡素に過ぎた造りは市場からは敬遠され、その後のトヨタ車の行方を決定付けることにもつながる方針転換を迫られる。2代目からは、姉妹車としてダイハツ・コンソルテも加わった。
ダイハツ・コンパーノ1963年当初は需要の多いライトバンからスタートし、ワゴン、ベルリーナ 2ドア、スパイダー、ベルリーナ 4ドア、トラックの順にラインナップを拡充。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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