コンセール・ラムルー(Concerts Lamoureux)は、パリの民営のオーケストラ。ラムルー管弦楽団(Orchestre Lamoureux)とも呼称される。 1881年、シャルル・ラムルーにより設立された。コンセール・パドルー、コンセール・コロンヌと並ぶ、パリ3大民間オーケストラの一つである。 後述するように、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルといった作曲家の数々の管弦楽曲等の初演を行っている。 1993年から2010年まで、佐渡裕が首席指揮者を務めた。日本においてはこのことによって当該楽団を知る向きも多い。 1881年、ヴァイオリン奏者で指揮者のシャルル・ラムルーが、パリ10区にあったシャトー・ド・オー劇場(Theatre du Chateau d'Eau コンサートでラムルーは、内外の新しい曲の演奏に努め、また、ワーグナーの紹介に意欲的であった。 1897年、ラムルーは女婿のカミーユ・シュヴィヤールに席をゆずり、協会は『コンセール・ラムルー協会』(l'Association des Concerts Lamoureux)と改名した。 その後演奏会場を転々と変えたが、1907年から、8区に新築されたサル・ガヴォー(Salle Gaveau
概要
歴史
第一次世界大戦中の1914年から1918年までは、楽員不足のためコンセール・コロンヌと合同し、カミーユ・シュヴィヤールがコンセール・ラムルーの名で、ガブリエル・ピエルネがコンセール・コロンヌの名で指揮して、交互に演奏会を続けた。 各項末尾の括弧書きは、指揮者。
1940年、8区、エトワール広場に近いサル・プレイエル(Salle Pleyel)に移った。
1960年、イーゴリ・マルケヴィチ指揮でアメリカ合衆国を巡演した。
1991年10月3日、1000回目の演奏会を開いた。
1993年、佐渡裕が首席指揮者となり、次第に経済的に立ち直った。
2005年3月24日、浜崎あゆみと『MY STORY Classical』を録音した。
2017年6月9日、10日に、宮崎駿監督のアニメーション映画の映画音楽を久石譲が指揮するコンサートを開催した[1]。
歴代首席指揮者等
シャルル・ラムルー(1881年 - 1897年)
カミーユ・シュヴィヤール (1897年 - 1923年)
ポール・パレー(1923年 - 1928年)
アルベール・ヴォルフ(1928年 - 1934年)
ウジェーヌ・ビゴー(1935年 - 1950年)
ジャン・マルティノン(1951年 - 1957年)
イーゴリ・マルケヴィチ(1957年 - 1961年)
ジャン=バティスト・マリ(1961年 - 1979年)
ジャン・クロード・ベルネード(Jean Claude Bernede, 1979年 - 1991年)
ヴァランタン・コジャン(Valentin Kojin, 1991年 - 1993年)
佐渡裕(1993年 - 2011年)
フェイサル・カルイ(Faycal Karoui, 2011年 - )
初演の記録(抄)
シャブリエ:狂詩曲『スペイン』、1883年11月(ラムルー)
ダンディ:フランスの山人の歌による交響曲、1887年3月20日、(ラムルー)
ショーソン:交響詩『ヴィヴィヤーヌ』、1888年1月29日、(ラムルー)
ダンディ:交響詩『ヴァレンシュタイン』、1888年2月26日、(ラムルー)
フォーレ:『パヴァーヌ』、1888年11月25日、(ラムルー)
フォーレ:『ペレアスとメリザンド』(組曲版)、1901年2月3日、(シュヴィヤール)
ドビュッシー:『夜想曲』、1901年10月27日、(シュヴィヤール)
ドビュッシー:『海』、1905年10月15日、(シュヴィヤール)
リリ・ブーランジェ:『一兵士の葬儀のために』、1915年11月7日、(ピエルネ) ※コンセール・コロンヌと合同で
ラヴェル:『ラ・ヴァルス』、1920年12月12日、(シュヴィヤール)
イベール:『寄港地』、1924年1月6日、(パレー)
ラヴェル:『古風なメヌエット』(オーケストラ編曲版)、1930年1月11日、(ラヴェル)
ラヴェル:『ピアノ協奏曲ト長調』、1932年1月14日、(マルグリット・ロン(ピアノ)、ラヴェル)
脚注[脚注の使い方]
注釈・出典^ ⇒Joe Hisaishi Symphonic Concert:Music from the Studio Ghibli Films of Hayao MiyazakiOverlook
外部リンク
⇒Orchestre Lamoureux (フランス語) - 公式サイト
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