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出典検索?: "コザ市"
こざし
コザ市
廃止日1974年4月1日
廃止理由新設合併
コザ市・美里村→沖縄市
現在の自治体沖縄市
廃止時点のデータ
国 日本
地方九州地方、沖縄地方
都道府県沖縄県
市町村コード47204-2
面積25.90km2
総人口58,658人
(国勢調査、1970年)
隣接自治体うるま市・恩納村・読谷村・嘉手納村・北谷村・美里村
コザ市役所
所在地〒904
沖縄県コザ市仲宗根376番地
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯26度20分04秒 東経127度48分20秒 / 北緯26.33436度 東経127.80569度 / 26.33436; 127.80569座標: 北緯26度20分04秒 東経127度48分20秒 / 北緯26.33436度 東経127.80569度 / 26.33436; 127.80569
特記事項1956年6月13日に越來村からコザ村に改称後、7月1日に市制施行。
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コザ市(コザし)は、かつて1956年から1974年まで沖縄県の沖縄本島中部にあった市であり、日本で唯一のカタカナ表記の市名であった[1]。また、沖縄県内の市、沖縄本島中部では唯一海に面していない自治体だった。目次 元々は越來村(ごえくそん)という地名であったが、1945年4月、沖縄戦で上陸したアメリカ軍が、同村字嘉間良一帯に宣撫隊本部を、同村字胡屋(ごや)に野戦病院・物資集積所等を建設、「キャンプ・コザ」と呼んだ。また同地に難民収容所が開設され、人口増加に伴い同年9月から一時的に胡差市(こざし)となる。コザという名は隣接する美里村の古謝(こじゃ)と、越來村の胡屋(ごや)が混同されたのではないかと言われている(占領時に英語表記つづりの誤読がそのまま採用されたとの説もある)[2]。 1946年4月に元の越來村に戻ったが、1956年6月13日にコザ村(コザそん)と改称、7月1日に市に昇格[3]し、以後、沖縄本島中部の中心都市として発展。1974年4月1日に美里村と合併して沖縄市となり、コザ市は消滅した。市役所は字仲宗根に置かれ、合併後はそのまま沖縄市役所となり、のちの住居表示実施に伴う町名変更で仲宗根町となった。 コザ市の人口推移[4]西暦人口 戦前の越來村は、畑の多い農村だった。 その後、畑だったところに嘉手納基地などの米軍基地が次々と建設され大きく一変する。 特記なき場合『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』などによる[5]。 代氏名就任退任備考 代氏名就任退任備考 プラザハウスショッピングセンター(1955年頃) この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。
1 概要
2 沿革
3 隣接していた自治体
4 行政
4.1 歴代市長
5 復帰前の画像
6 現在のコザ
6.1 エイサーとの関わり
6.2 教育
6.3 交通
6.4 主要施設
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク
概要
沿革
1935年8,481人
1940年8,093人
1950年18,431人
1955年35,283人
1960年46,695人
1965年55,923人
1970年58,658人
1666年 越來間切の東半分を美里間切として分離。
1908年4月1日 島嶼町村制により越來間切が越來村となる。
1945年9月 地方行政緊急措置要綱により胡差市となる。
1946年4月 元の越來村にもどる。
1956年6月13日 越來村をコザ村と改称する。
1956年7月1日 市に昇格、コザ市となる。
1958年6月11日 市庁舎を胡屋1丁目(胡屋十字路東側)から、同十字路南側の胡屋2丁目(現在のコザ年金事務所)に鉄筋コンクリート造3階の庁舎を建てて移転。
1969年 庁舎が手狭になったため、建物を琉球政府に売却して市庁舎を仲宗根町に移転。
1970年12月20日 胡屋十字路
1974年4月1日 隣の美里村と合併し沖縄市となり、コザ市は消滅した。
隣接していた自治体
石川市(現在のうるま市、1666年までは同じ越来間切で、以降1945年まで美里間切→美里村の一部だった)
美里村(現在の沖縄市)
恩納村
読谷村
嘉手納村(現在の嘉手納町)
北谷村(現在の北谷町)
北中城村
行政
歴代市長
米軍施政下
1比嘉真市1956年(昭和31年)7月1日1958年(昭和33年)旧コザ村長
2大山朝常1958年(昭和33年)9月20日1972年(昭和47年)本土復帰
公選
1大山朝常1972年(昭和47年)1974年(昭和49年)3月31日廃止
復帰前の画像
現在のコザ
出典検索?: "コザ市"
合併後、沖縄市となってから「コザ」の名が消え(字名や町名に「コザ」の文字は使われていない)、市役所だけでなく警察署・郵便局・裁判所支部などの公共機関や道路案内標識の表示が次々と「コザ」から「沖縄」と変更した(道路標識は最初「沖縄市」と表示したが、1980年代以降「沖縄」に変更した)。しかし、混乱を防ぐため現在でも県税事務所はコザの名称が使用されているほか、銀行や商店などの民間企業の支店などはコザの名称が使われており、学校名にも残っている。こうして市の中心部は今でも「コザ」の名称で親しまれており、その地へ行く場合「沖縄市へ行く」というよりも「コザへ行く」という人が多く、「沖縄市コザ」と使う人はまずいない。また「コザ」は「胡屋」あるいは「古謝」の転訛であると言われるが、交差点(十字路)は「胡屋十字路」と「コザ十字路」が別々に存在し、古謝という地名も健在である。
合併後の沖縄市は、沖縄本島中部の中核都市と発展し人口が県都那覇市に次いで2番目に多く、1980年代半ばには10万人を突破した。また嘉手納基地や嘉手納弾薬庫など多くの米軍基地を抱え、現在でも市の北西部の多くが基地となっている。しかし、旧美里村を中心に返還されている旧米軍用地もあり、跡地に住宅が建てられ、市の人口も旧コザ市よりも旧美里村が上回るようになった。かつて市の中心部にあった裁判所や保健所も、旧美里村域へ移転した。最近では旧コザ市の商店街などは廃れている。 コザ市(現在の沖縄市)主催で1956年に全島エイサーコンクール(現・沖縄全島エイサーまつり)を開催。2007年6月13日、「エイサーのまち」宣言をし、地域の活性化に取り組んでいる。 大学 高等学校 中学校 小学校 道路
エイサーとの関わり
教育
かつて国際大学が南桃原にあったが、1972年に沖縄大学の一部と統合し宜野湾市に沖縄国際大学を設置したため廃止された。
沖縄県立コザ高等学校
沖縄県立球陽高等学校(1989年に開校したが、1970年代までは同敷地内に私立中央高校があった。)
沖縄県立美来工科高等学校(2005年に中部工業高校から校名変更)
沖縄市立コザ中学校
沖縄市立安慶田中学校
沖縄市立越来中学校
沖縄市立山内中学校
沖縄市立コザ小学校
沖縄市立中の町小学校
沖縄市立安慶田小学校
沖縄市立越来小学校
沖縄市立室川小学校
沖縄市立諸見小学校
沖縄市立山内小学校
沖縄市立島袋小学校
北谷町立北谷小学校(北谷町との市町境に接しているところに設置されている)
交通
沖縄自動車道
沖縄南インターチェンジ
国道329号(国道330号と交わる交差点が「コザ十字路」)
国道330号(国道329号と交わる交差点が「コザ十字路」、県道20号と交わる交差点が「胡屋十字路
沖縄県道74号沖縄嘉手納線(主要地方道)
沖縄県道85号沖縄環状線(主要地方道・一部国体道路)
沖縄県道23号沖縄北谷線(主要地方道・国体道路)
沖縄県道20号線(国道330号と交わる交差点が「胡屋十字路」)
沖縄県道24号線
沖縄県道26号線
路線バス詳細は「沖縄本島のバス路線」を参照 [脚注の使い方]
21番・新都心具志川線(琉球バス交通)
23番・具志川線(琉球バス交通)
27番・屋慶名(大謝名)線(琉球バス交通・沖縄バス)
30番・泡瀬東線(東陽バス)
31番・泡瀬西線(東陽バス)
52番・与勝線(沖縄バス)
60番・泡瀬循環線(東陽バス)
61番・前原線(沖縄バス)
62番・中部線(琉球バス交通)
63番・謝苅線(琉球バス交通)
75番・石川北谷線(琉球バス交通)
77番・名護東線(沖縄バス)
80番・与那城線(沖縄バス)
90番・知花(バイパス)線(琉球バス交通)
111番・高速バス(琉球バス交通・沖縄バス・那覇バス・東陽バス4社共同運行)
113番・具志川空港線(琉球バス交通) 沖縄南IC以南は沖縄自動車道利用
123番・石川空港線(琉球バス交通) 沖縄南IC以南は沖縄自動車道利用
127番・屋慶名(高速)線(沖縄バス) 沖縄南IC以南は沖縄自動車道利用
223番・具志川おもろまち線(琉球バス交通)
227番・屋慶名おもろまち線(琉球バス交通・沖縄バス)
263番・謝苅おもろまち線(琉球バス交通)
290番・知花おもろまち線(琉球バス交通)
主要施設
アメリカ軍基地
嘉手納飛行場
嘉手納弾薬庫
沖縄こどもの国
脚注
^ 漢字と片仮名の混合市名の場合、現存する山梨県南アルプス市や、1959年から1966年まで存在した長野県篠ノ井市がある。また、片仮名のみの町名の場合、現存する北海道ニセコ町や、1955年から2005年まで存在した滋賀県マキノ町がある。
^ ⇒[1]、第366回沖縄市議会定例会(2013年9月27日)