ゲフィチニブ
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ゲフィチニブ
IUPAC命名法による物質名
IUPAC名

N-(3-chloro-4-fluoro-phenyl)-7-methoxy-
6-(3-morpholin-4-ylpropoxy)quinazolin-4-amine

臨床データ
胎児危険度分類

D(米国

法的規制

劇薬
指定医薬品
処方箋医薬品

投与経路経口投与
薬物動態データ
生物学的利用能59%(経口時)
血漿タンパク結合90%
代謝肝臓(主にCYP3A4
半減期6時間 - 49時間
排泄糞中86%、尿中4%未満
識別
CAS番号
184475-35-2
ATCコードL01XX31 (WHO)
PubChemCID: 123631
KEGGD01977
化学的データ
化学式C22H24ClFN4O3
分子量446.902
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ゲフィチニブ(Gefitinib)は、上皮成長因子受容体 (EGFR) のチロシンキナーゼを選択的に阻害する内服抗がん剤の増殖などに関係する特定の分子を狙い撃ちする分子標的治療薬の一種である。商品名はイレッサ (Iressa) で、アストラゼネカが製造・販売[1]。褐色の錠剤で一錠250mgのゲフィチニブを含有する。ゲフィチニブ製剤は手術不能または再発した非小細胞肺癌に対する治療薬として用いられる。

イレッサは2002年7月5日、世界に先駆けて日本で承認され、2003年5月5日、アメリカ食品医薬品局 (FDA) での承認[2]を含め、いくつかの国で承認を受けた。しかし、無作為比較臨床試験(ISEL試験[3]、後述)の結果、プラセボと比較して生存期間を延長することができなかったため、2005年1月4日アストラゼネカは欧州医薬品局 (EMEA) への承認申請を取り下げ[4]、また2005年6月17日、FDAは本薬剤の新規使用を原則禁止とした[5]。その後2009年7月1日、欧州医薬品局は、後述のINTEREST試験とIPASS試験の2つの無作為化第III相臨床試験の結果をもとに、成人のEGFR遺伝子変異陽性の局所進行または転移を有する非小細胞肺癌を対象にイレッサの販売承認を行った[6]。2009年現在イレッサを承認している国は、日本を含めたアジア諸国、欧州オーストラリアメキシコアルゼンチンである。ゲフィチニブは白色から黄白色の粉末。開発コード名ZD1839。
作用機序変異型EGFRのチロシンキナーゼドメインとゲフェチニブの複合体構造。G719Sの変異は赤色で、T790Mの変異は黄色で示した。棒状の分子はゲフェチニブである。

ゲフィチニブは、細胞の上皮成長因子受容体 (EGFR) のシグナル伝達を遮断することで、腫瘍の増殖抑制、アポトーシス(細胞死)を誘導する。EGFRのチロシンキナーゼATP結合部位にATPと競合的に結合することで、EGFRの自己リン酸化を阻害し、シグナル伝達を遮断する。実験室レベルでは、正常構造のEGFRに対しても効果を示す[7][8]が、実際の臨床では、腫瘍細胞のEGFR遺伝子が特殊な型の変異を伴っている場合に、ゲフィチニブは特に腫瘍縮小効果を示す[9][10]。変異についての詳細については「上皮成長因子受容体#悪性腫瘍におけるEGFR」を参照
薬物動態学

経口投与されたゲフィチニブは比較的緩徐に吸収され、内服後最高血中濃度までの時間 (Tmax) は3-5時間、バイオアベイラビリティ(生物学的利用能、吸収効率)は約60%で食事の影響を受けない[11]。ゲフィチニブ225 mg/日内服後の最高血中濃度 (Cmax) は約320 ng/ml(約0.7 μmol/l)[12]。血中濃度が定常状態に達するまで連日内服で7?10日かかる[13]。血中半減期は48時間[11]。主に肝代謝(シトクロムP450 3A4)により代謝され、糞便中に86%、尿中に4%未満が排泄される[11]血漿タンパク結合結合率は90%[14]
効果
非小細胞肺癌

要約

非小細胞肺癌に対して、ゲフィチニブは約10%から20%の患者に腫瘍縮小効果を示す。東洋人、女性、非喫煙者、腺癌ではゲフィチニブが腫瘍縮小効果を示す割合が高く、これはEGFR遺伝子変異が関係している可能性がある。

1種類から2種類の
化学療法終了後の進行非小細胞肺癌に対して、ゲフィチニブはドセタキセルと同等の延命効果を示す可能性がある。

対象を絞り、非喫煙者、腺癌、アジア人の未治療進行非小細胞肺癌を対象とした臨床試験では、ゲフィチニブは化学療法よりも無増悪生存期間を延長した。

EGFR遺伝子変異をもつ非小細胞肺癌に対しては特にゲフィチニブは奏功し、70%から80%程度の患者に腫瘍縮小効果を示す。

腫瘍縮小効果

2000年から2001年に、既治療進行非小細胞肺癌を対象とした2つの第II相臨床試験(IDEAL1[15]とIDEAL2[16])が施行され、ゲフィチニブ単剤で奏功率9%から19%、1年生存率24%から36%の結果が得られた。また、ゲフィチニブの腫瘍縮小効果は、東洋人女性腺癌、非喫煙者で高い傾向がみられた。腫瘍縮小を示した非小細胞肺癌を調べた結果、癌細胞がEGFR遺伝子変異を持つ場合に、高率に腫瘍が縮小することが明らかとなり[9][10]、また、非喫煙者、腺癌、女性、東洋人ではEGFRの遺伝子変異をもつ割合が高いために腫瘍縮小率が高い可能性が示された[17][18]
化学療法との併用

また2000年から2001年に、未治療進行非小細胞肺癌に対して、初回治療に標準治療であるプラチナ製剤を含む化学療法にゲフィチニブを併用することにより、治療効果に上乗せがあるかどうかが検討された。ゲムシタビンシスプラチン治療への上乗せ効果を検討したINTACT-1[19]と、パクリタキセルカルボプラチン治療への上乗せ効果を検討したINTACT-2[20]の二つの第III相無作為化比較試験が施行されたが、いずれも有意な併用効果はみられず、化学療法との併用は効果がないと考えられた。
延命効果
非小細胞癌全体を対象とした比較

日本を含まない28か国、1,692例の既治療進行非小細胞肺癌患者を対象とした第III相臨床試験(ISEL試験[3]、2003年7月15日から2004年8月2日に症例登録)においてゲフィチニブは、登録肺癌全症例に対して、および肺腺癌に対して、プラセボと比較して有意な生存期間の延長を示すことができなかった。しかし、サブセット解析では、アジア人、非喫煙者に対してはゲフィチニブはプラセボと比較して有意に生存期間を延長させた。

全肺癌症例の生存期間中央値は、ゲフィチニブ群およびプラセボ群でそれぞれ5.6か月、5.1か月、P =0.11であり、肺腺癌症例ではそれぞれ6.3か月、5.4か月、P =0.07であった。規定のログランク検定 (Logrank test) では有意差がないものの、Cox回帰分析ではそれぞれP =0.030、P =0.033と有意差に達している。また東洋人の生存期間中央値は、ゲフィチニブ群およびプラセボ群でそれぞれ9.5か月、5.5か月、非喫煙者ではそれぞれ8.9か月、6.1か月であり、Cox回帰分析でそれぞれP =0.010、P =0.012であった。その後さらに、既治療進行非小細胞肺癌に対する現在の標準療法であるドセタキセル療法と、ゲフィチニブ単剤療法の効果を比較した第III相無作為化比較臨床試験が2つ行われた。これら2つの試験は、すでに1 ~ 2種類の化学療法が行われた進行非小細胞肺癌患者にゲフィチニブ療法を行った場合の全生存期間が、ドセタキセル療法を行った場合の全生存期間よりも劣っていないこと(非劣勢)を証明することを目的として行われた。

2003年から2006年の間に489例の患者を対象として日本で行われたV15-32試験[21]は、ゲフィチニブのドセタキセルに対する非劣性を証明できなかった(ただし劣っていることも証明されなかった)。しかし、2004年から2006年の間に、日本を含まない24カ国において1,466例の患者を対象として行われたINTEREST試験では、全生存期間中央値はゲフィチニブ群が7.6か月であったのに対しドセタキセル群は8.9か月、1年生存率はゲフィチニブ群が32%でドセタキセルは34%、ハザード比は1.020(96%信頼区間 0.905-1.150)であり、ドセタキセルとゲフィチニブは既治療進行非小細胞肺癌に対して同等の効果があることが初めて証明された。

この2つの試験の違いとして、後治療の差が指摘されている。つまり、V15-32試験では、ドセタキセル群の53%もの患者がドセタキセル療法終了後にゲフィチニブ療法を受けていたために、ゲフィチニブの効果がドセタキセル群の患者にもあらわれた可能性である。ゲフィチニブ療法終了後にドセタキセル療法を受けた患者はゲフィチニブ群の36%であった。一方INTEREST試験では、ゲフィチニブ群の31%がゲフィチニブ療法終了後にドセタキセル療法を受け、ドセタキセル群の37%がゲフィチニブを含むEGFRチロシンキナーゼ阻害剤の投与を受けていた。
対象を選別しての比較

さらに、ゲフィチニブの効果が期待できる患者を選別して対象とした無作為化比較第III相臨床試験(IPASS試験)が行われた。この試験は、非喫煙か軽度の喫煙の経験者(15年以上禁煙)で腺癌のアジア人未治療進行非小細胞肺癌患者を、ゲフィチニブ治療群とカルボプラチンとパクリタキセルの併用化学療法群に無作為に振り分け、無増悪生存期間を評価する試験である。2006年5月から2007年10月の間に、日本人232人を含む1,217人が登録された。その結果、ゲフィチニブ治療がカルボプラチン/パクリタキセル併用化学療法よりも無増悪生存期間を延長することが証明されたと発表された(ハザード比 0.74、95%信頼区間 0.65 - 0.85)[22]。ただし、投与開始後6か月間はゲフィチニブの方が疾患制御率が悪く、6か月以降は曲線が交差してカルボプラチン/パクリタキセルの方が悪くなっておりハザード比が大きく変動しているので、比例ハザード(ハザード比が一定を維持)を前提とした統計解析は誤りであり意味がない。事前に計画されていたバイオマーカーに基づくサブグループ解析では、無増悪生存期間はEGFR遺伝子変異陽性患者ではイレッサ群が化学療法群に比べ有意に長く(ハザード比 0.48、95%信頼区間 0.36 - 0.64)、逆にEGFR遺伝子変異陰性患者では化学療法群がイレッサ群に比べ有意に長い(ハザード比 2.85、95%信頼区間 2.05 - 3.98)ことが示された。このことより適切に症例を選択することにより、ゲフィチニブ治療は従来の化学療法よりも優れた効果を示すことが示された。ただし、全生存期間は有意差が付かなかった(ハザード比 0.90、95%信頼区間 0.79 - 1.02)[23]
EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺癌に対する効果

EGFR遺伝子変異を有する非小細胞肺癌に対して、ゲフィチニブはその70%から80%程度で腫瘍縮小効果を示すことが、いくつかの後ろ向き研究で指摘された。さらに、未治療非小細胞肺癌に対する前向き試験[24][25]で、これらの患者の75%程度でゲフィチニブが腫瘍縮小効果を示すことが確認された。

さらに、北東日本ゲフィチニブ研究グループで行われた、EGFR遺伝子変異を有する未治療進行非小細胞肺癌患者のみを対象とした無作為化比較第III相臨床試験の結果、ゲフィチニブ治療はカルボプラチン/パクリタキセル併用化学療法よりも有意に無増悪生存期間を延長することが示された。
脳神経膠芽腫

悪性再発脳神経膠芽腫(グリオブラストーマ)49例に対して、ゲフィチニブ(250 - 1,500 mg/日)またはエルロチニブ(150 - 500 mg/日)が投与され、49例中9例で、2方向計測で25%以上の腫瘍縮小がみられた。EGFRの細胞内領域の変異例はなく、EGFRvIIIとPTENの両者の発現がみられた例では有意に腫瘍縮小と相関がみられた[26]
頭頸部扁平上皮癌

52例の頭頸部扁平上皮癌に対するゲフィチニブ(500 mg/日)の効果を検討した第II相試験にて、奏功率10.6%、病勢制御率53%の効果を示した[27]。ゲフィチニブ250 mg/日による臨床試験では70例中1例で腫瘍縮小 (PR) がみられたのみであった[28]
その他の癌

31例の進行腎癌に対するゲフィチニブ(500 mg/日)の効果を検討した第II相試験にて、8例 (38%) で腫瘍の増大がみられなかったのみで、腫瘍の縮小はみられなかった[29]
副作用

急性肺障害・間質性肺炎を併発(1?10%)することがあり、これにより死に至り得る。また、下痢、発疹、ざ瘡(にきび)、乾燥皮膚、かゆみ、爪周囲炎が起こることが多い。

添付文書に記載されている重大な副作用は、上記のほか、

重度の下痢(<1%)、脱水(<1%)、消化管穿孔(<1%)、消化管潰瘍(<1%)、消化管出血(<1%)、

中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis:TEN)(<1%)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)(<1%)、多形紅斑(<1%)、

肝炎(<1%)、肝機能障害(AST(GOT)、ALT(GPT)、LDH、γ-GTP、Al-P、ビリルビン等の上昇 >10%)、黄疸(<1%)、肝不全(<1%)、急性膵炎(<1%)、

血尿(<1%)、出血性膀胱炎(<1%)

である[1]
急性肺障害・間質性肺炎

投与後4週間以内に発症しやすい。日本において、ゲフィチニブ投与後8週間以内の急性肺障害・間質性肺炎(以下肺障害)の発症率は約5.8%(193例/3322例)、肺障害による死亡率は2.3%(75例/3322例)であった。また PS (performance status) 2以上、喫煙歴のある人、すでに間質性肺炎を合併している人、化学療法を受けたことのある人、では肺障害が起こりやすいことが示唆された[30][31]。また、ゲフィチニブ投与12週以内の肺障害の発症率は、化学療法による肺障害の発症率の1.9倍(4.0%対2.1%)、背景因子を調整すると3.2倍の高さであり、通常の化学療法に比べても肺障害がおこりやすいことが明らかとなった[32]


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