ゲノム編集
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NHGRIによるCRISPR/Cas9のイメージ図。

ゲノム編集(ゲノムへんしゅう、: genome editing)は、部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術である。部位特異的ヌクレアーゼとしては、2005年以降に開発・発見された、ZFN(ズィーエフエヌ、または、ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、TALEN(タレン)、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)を中心としている。従来の遺伝子工学遺伝子治療と比較して、非常に応用範囲が広い[1]
概要

ゲノム編集のための部位特異的ヌクレアーゼとして、ZFN (Zinc-Finger Nuclease)[2]、TALEN (Transcription Activator-Like Effector Nuclease)[3]、CRISPR (Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9 (Crispr Associated protein 9)[4]が挙げられる。

これらの部位特異的ヌクレアーゼに共通する特徴は、特定の配列を狙ってDNAの切断を行い、これにより意図的なDNAの改変を可能とすることにある。DNA切断の後は、細胞の本来の機能によりDNA修復も起こる。この際、特定の配列を断片として与えると、切断部に挿入するノックインが可能となる。ノックインをさせずに修復を行ったとしても、配列が変わらない限り、DNA切断が何度でも繰り返されるため、変異が発生する。これを利用して、特定の遺伝子の機能を止めるノックアウトにも活用される。

部位特異的ヌクレアーゼの中で、特に高効率とされるのはCRISPR/Cas9であり、2015年時点でゲノム編集に関する研究の主流である[5]。しかし一方、高効率であることの代償として、CRISPR/Cas9では標的部位ではない場所をも改変してしまうオフターゲットと呼ばれる現象が発生しやすい[6]。このオフターゲットが生じると、がん等の疾患を発症する恐れがあるため、オフターゲットを改善する研究も進む[7]

ゲノム編集は『ネイチャー・メソッズ』誌において2011年のメソッズ・オブ・ザ・イヤーに輝いた[8]。2015年にはCRISPR/Cas9の研究がノーベル賞候補と言われていた[9]
歴史について

遺伝子工学は、1972年ポール・バーグらが細菌に感染するウイルスのDNAを、サルに感染するウイルスのDNAに挿入することに成功したことに始まる[10][11]。翌1973年には、ハーバート・ボイヤーとスタンリー・ノーマン・コーエンがこの技術を生物種にも適用する[12]。1970年代後半には、遺伝子工学によるインスリンの量産が成される。しかし、これら従来の遺伝子工学には大きな課題が2つあった。特定の遺伝子を操作する正確性の欠如と、遺伝子の配列や生物種に依らない適用という応用性の欠如である。

1990年代になり、DNAを特定の位置で切断できるタンパク質である制限酵素が発展するに伴い、正確性の問題は解決された。応用性の欠如の方も、2005年以降の各種のゲノム編集技術の登場により解決される。

2012年8月、CRISPRが、原核生物へのゲノム編集にも活用しうることをエマニュエル・シャルパンティエジェニファー・ダウドナらが見出す[10][4]。彼らは、レンサ球菌のRNAを、CRIPRのガイドRNAとして活用することにも成功する。これにより、CRISPR/Cas9による高効率のゲノム編集が可能となる[13]真核生物のゲノム編集へのCRISPR/Cas9の応用はフェン・チャンが可能にして技術特許を取得した[14]

2014年、中国においてCRISPR/Cas9による世界初の遺伝子改変サルが誕生する[15]。翌2015年、同じく中国でCRISPR/Cas9を用いた世界初のヒト受精卵の遺伝子操作が行われ、国際的に物議を醸す[5][16]。この実験を主導したJunjiu Huang(黄軍就)らが使ったのは、不妊治療目的の体外受精において、2つの精子が受精した異常な受精卵で、元々廃棄されるものであった。Huangらの報告では、狙った遺伝子を思い通りに書きかえられたのは86個中4個のみであり、オフターゲットが起きた受精卵もあった[17]。そのため、技術的な改善の必要性も記している[18]。HuangはNature誌により2015年の10人に選ばれる[19]。この研究を契機に、ヒト受精卵に対するゲノム編集の倫理が新たな課題となる[20]

2016年、中国政府は第13次5カ年計画でゲノム編集を国家戦略と位置付け、同年2例目のヒト受精卵のゲノム編集も中国で行われる[21]。また10月には、世界初のゲノム編集の臨床試験[22][23]、翌2017年3月には、世界初の“正常な”ヒト受精卵へのゲノム編集[24]も中国で行われる。2018年時点で中国では86人の遺伝子がCRISPR/Cas9によって改変される[25]。同年11月26日には南方科技大学賀建奎副教授が、ゲノム編集した双子の女児「露露と娜娜(英語版)」の誕生を発表する。ゲノム編集は後天性免疫不全症候群(AIDS)に耐性を持たせるためだと主張されたが、後述するように世界的な波紋を呼んだ[26][27]
各ヌクレアーゼについて

2015年の技術水準における各ヌクレアーゼの比較[28]ZFNTALENPlatinum TALENCRISPR/Cas9
DNA結合ドメインジンクフィンガーTALETALE(改良型)ガイドRNA
DNA切断ドメインFokIFokIFokICas9
部位選択の自由度限定的中程度中程度ほぼ全部
ヌクレアーゼの構築困難中程度容易容易
インビボでの試験困難困難困難容易
ターゲッティング効率小さい中程度大きい大きい
オフターゲット小さい小さい小さい大きい
多重化困難困難困難容易
実験効率中程度中程度大きい大きい
実験費用中程度中程度低価格

CRISPR/Cas9について

原核生物において発見された獲得免疫機構をCRISPR/Casシステムという。このシステムのうち、Cas9と呼ばれるヌクレアーゼと、標的となるDNA配列へ導くガイドRNAとを複合化し、これをDNAの改変に応用した技術をCRISPR/Cas9という。

ZNF、TALENが各々一つのタンパク質であるのに対して、CRISPR/Cas9では、ガイドRNAとCas9という2つの別々の分子で構成されるのが特徴的である。DNAの標的部位と相補的な配列をガイドRNAに用意するので、ガイドRNAは標的部位に特異的に結合できる。そうするとガイドRNAとDNAを覆うようにCas9タンパク質が結合して、DNAを切断する。Cas9自体は使い回しができて、狙いに応じてガイドRNAだけを作成すれば済む[29]

CRISPR/Cas9は、他のヌクレアーゼの中で部位特異性の低さと、それによるオフターゲットが課題である。オフターゲットの多寡は、DNA修復の機構が非相同末端結合 (NHEJ) か、相同組換え修復 (Homology Directed Repair: HDR) であるかによっても異なる[30]。HDRの方がNHEJよりもオフターゲットとして安全だが、手間がかかるうえ、互いに使用条件が限られる。それを克服するために、ニッカーゼ改変型Casを用いて、標的ごとに2種類のガイドRNAを与えるという手法が開発された[31][7]。また、NHEJとHDRの競合改善の手段として、NHEJの抑制剤となるSCR7[32]が、HDRの促進剤としてL755,507[33]があり、逆のNHEJの促進剤としてはAzidothymidine (AZT)[33] が挙げられる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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