ケトン食
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ケトジェニック・ダイエット(英語: The Ketogenic Diet)とは、ケトン体濃度を持続的に増加させ、ケトーシス(Ketosis)への誘導を目的に、十分な量のタンパク質と、大量の脂肪を摂取し、炭水化物を可能な限り避ける食事療法の一種である。「ケトン食」「ケトン生成食」「ケトン誘発食」「ケトジェニック食」「ケトン・ダイエット」「ケトン食療法」「ケトジェニック療法」とも呼ばれる。ハーバード大学医学部は、ケトン食は不健康[1]で重大なリスクがあると警告している[2]
概要

元々は、アメリカ合衆国ミネソタ州ロチェスター市にあるメイヨー・クリニックの医師、ラッセル・モース・ワイルダー(Russell Morse Wilder, 1885?1959)が癲癇(てんかん)を治療する目的で1920年代前半に開発した食事法である[3][4]

この食事法の潜在的副作用としては、栄養不足、気分不良[2]便秘、成長の遅延、高コレステロール血症腎臓結石がある[5]

砂糖、甘い果物全般、デンプンが豊富なもの全般を避け、各種ナッツ生クリームバターの摂取を増やす[6]。食べ物に含まれる脂肪分は、「長鎖中性脂肪」(Long-Chain Triglycerides, LCT)と呼ばれる分子で構成されるが、このLCTよりも短い炭素鎖からなる「中鎖中性脂肪」(Medium-Chain Triglycerides, MCT)は、ケトン体の産生量を増やすため、MCTが豊富なココナッツオイルを摂取する場合もある。脂肪の摂取比率を減らし、タンパク質の摂取を増やすケトン食もある[7][8]。小児癲癇用のケトン食では、年齢と身長を考慮し、身体の成長と修復に必要な量のタンパク質を摂取する。

ラッセル・ワイルダーが開発したケトン食における栄養素の構成比率は、「脂肪(4):タンパク質と炭水化物(1)」である。脂肪分が90%、タンパク質が6%で、炭水化物の摂取は可能な限り避ける[9]

ハリウッドの映画プロデューサー、ジム・エイブラハムズ(Jim Abrahams)の息子のチャーリーは重度の癲癇を患っていたが、この食事を処方されたことで、その発作が劇的に改善された。これを受けて、エイブラハムズはケトジェニック療法を普及させるため、『チャーリー基金』(The Charlie Foundation)を設立した。NBCテレビによる番組への出演や、1997年に放映されたテレビ向け映画『First Do No Harm』(邦題:『誤診』)の製作も、この食事療法と基金の宣伝を兼ねていた。基金はこの食事療法の研究を支援し、その研究結果が発表されると、この食事療法への科学的な関心が新たに高まるようになった[6]

癲癇以外では、頭痛、身体的苦痛、筋萎縮性側索硬化症自閉症、各種の[10]パーキンソン病[11]アルツハイマー病[12]鬱病[13]、神経外傷、睡眠障害といった様々な病気や神経障害に対して、この食事療法がもたらす作用や効果についての研究が進んでいる[14]。しかし、小児の発作以外の神経疾患では、人体実験の証拠がないことが多い[15]
癲癇治療

癲癇は、脳卒中のあとに惹き起こされる最も一般的な神経障害の1つであり[16]、世界中で約5000万人がこれを患っていると見られている[17]。症状の頻発が見られない人が診断される。皮質ニューロンが過剰に、かつ超同時的に発火し、正常な脳機能を一時的な混乱状態に追いやる。これは筋肉、感覚、意識、もしくは全身に影響を与える。発作は、限局性(脳の一部のみに限定される)であったり、脳全体に広がり、意識の喪失をもたらす場合もある。発作の形態については、「癲癇症候群」(Epileptic Syndromes)という分類があり、癲癇症状の発症は小児期に見られることが多い。抗癲癇薬を2つ以上使っても症状が抑制できない場合、不応性(refractory)と見なされる。癲癇患者の約60%は薬剤で症状を抑制できるが、残りは不可能である。

「薬が効かない」と判断された場合、選択肢として、癲癇手術(Epilepsy Surgery)、迷走神経刺激(Vagus Nerve Stimulation)、ケトジェニック療法が選ばれる[16]
歴史

ケトジェニック療法は、空腹中の癲癇患者に対して実施される投薬や手術以外の治療法の1つとして開発された食事療法である。1920年代に開発されて以降、10年間はこれが処方され続けたが、抗癲癇薬が新たに出てくると、徐々に使われなくなった[6]。患者の多くは薬剤の投与で発作を抑制できるが、全患者のうちの20?30%は複数の薬剤を投与しても抑制できない[18]

2つ以上の薬剤を服用しても症状が抑制できない患者、とくに子供の癲癇患者に対してはこのケトジェニック療法が効果を発揮し、癲癇治療の手段としてこの食事法が再評価された[6][19]
断食・絶食療法ヒュー・コンクリン(Hugh Conklin)が奨める「水断食」(Water Diet)を取り上げている(1922年7月6日付けのニューヨーク・タイムズに掲載された記事

古代ギリシアの時代、医師たちが実践していた病気の治療法は、「食事を変えること」であった。『ヒポクラーテス全集』(『The Hippocratic Corpus』)に収録されている学術論文『On the Sacred Disease』(『神聖不可侵な病』)では、紀元前5世紀における癲癇治療を取り上げている。ヒポクラーテスは癲癇に対して「食事療法こそが、治療の確たる基礎となる」という姿勢を取っており、「癲癇が発症するのは人知の及ばぬものであり、手に負えない病気である」とする当時の一般的な見解に異を唱えていた[20]。同書に収録されている『Epidemic』(『伝染病』) では、飲食を断つことにより、癲癇発作が発症したときと同じぐらいの早さで治った男性の事例を紹介している[21]。王室専属の医師で解剖学者のエラシストラートゥス(?ρασ?στρατο?)は、「癲癇の症状が現れた場合は何があろうと断食を行い、食事制限をしなさい」と明言した[22]。臨床医のガレノス(Γαλην??)は、「絶食[23]は、軽度の癲癇患者を治癒し、それ以外の病気に対しても有益であるかもしれない」と考えた[24]

癲癇の治療手段としての絶食・断食についての研究は、1911年フランスで行われている[25]。あらゆる年齢層の癲癇患者20人に対し、摂取エネルギーを低くした菜食、断食、そして、(下剤による)腸内の異物除去を組み合わせることで、「解毒」できたという。被験者のうちの2人には有益な効果が見られたが、課された制限を順守できた者はほとんどいなかった。臭化カリウムは被験者を悄然とさせたのに対し、食事療法は被験者の意思能力を改善させた[26]

このころ、アメリカ合衆国における身体鍛錬の象徴的存在であったベルナール・マクファデン(Bernarr Macfadden)は、身体の健康のために断食を普及させた。マクファデンの教え子で、ミシガン州バトルクリーク在住のヒュー・ウィリアム・コンクリン(Hugh William Conklin)は、癲癇患者の治療に断食を取り入れ始めた。腸内のパイエル板(Peyer's Patches)から毒素が分泌され、それが血中に放出されたときに癲癇の発作が起こるのではないか、とコンクリンは推測した。この毒素を消滅させる目的で、コンクリンは患者に18?25日間の断食の継続を奨めた。コンクリンはかなりの数の癲癇患者を『水断食』(Water Diet)で治療した。子供の癲癇患者の90%はこれで治癒できたが、成人の患者では50%に下がった。その後、コンクリンによる患者の症例記録の分析では、患者の20%は発作から解放され、50%はいくらかの改善が見られた[19]。コンクリンが行っていた絶食療法は、開業した神経内科医に採用された。

1916年、T・E・マクマリー(T. E. McMurray)は、『ニューヨーク・メディカル・ジャーナル』(The New York Medical Journal)に、「1912年以降、断食療法で癲癇治療に成功し、その後はデンプン砂糖を加えない食事を処方している」と記述している。


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