グロドノ県_(ロシア帝国)
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この項目では、ロシア帝国の行政区について説明しています。ポーランド・リトアニア共和国の行政区については「グロドノ県 (ポーランド・リトアニア共和国)」を、現ベラルーシの行政区については「フロドナ州」をご覧ください。
グロドノ県の地図(1910年代)帝政ロシア内でのグロドノ県の位置(1914年)帝政ロシア内でのグロドノ県の位置(拡大図)県章

グロドノ県(ロシア語: Гродненская губерния)は帝政ロシアの県(グベールニヤ)である。また北西地域中の1県でもある。

行政中心地はグロドノ(現フロドナ)に置かれた。旧グロドノ県の領域は、現代では大部分がベラルーシに属し、わずかにポーランド、またごく一部がリトアニアウクライナに含まれている(ドルスキニンカイ等)。
歴史

グロドノ県は1795年の第3次ポーランド分割によって帝政ロシアに編入された地域に成立した。それ以前のリトアニア大公国においては、後にグロドノ県となる地域は、北西部は1501年にはトラカイ県(ru)、北東部はNaugardukas県(ru)の管轄となっており、南部はPalenk?県(ru)等を経て、ルブリン合同後の1596年よりBrze??県(ru)の管轄であった。また、第3次ポーランド分割によって帝政ロシア領が拡大した直後は、グロドノ県にあたる地域には初めスロニム県(ru)(当初ナメストニチェストヴォ。後にグベールニヤ。いずれも県と訳される。)が設置され、次いでリトヴァ(リトアニア)県となっていた[1]。1801年、リトアニア県がヴィテプスク県とグロドノ県に分離する形で、グロドノ県が成立した[1]

グロドノ県は8郡から成るスロニム県を継承する形で登場し、設置以降40年間は県域の変更はなされなかった[1]。1843年に、廃止されたベロストク州(ru)からベロストク郡(ru)、ベリスク郡(ru)、ソコルカ郡(ru)が移管され、リダ郡(ru)がヴィテプスク県へ、ノヴォグルドク郡(ru)がミンスク県へと編出した。以降、20世紀初頭まで、グロドノ県は9郡を管轄した。また県内には25の市(город / ゴロド)を有した[2]

1920年、グロドノ県は復興したポーランドポーランド第二共和国)領に組み込まれ、消滅した。
下位区分・人口

廃止直前のグロドノ県には以下の9郡(ウエズド)が属していた。

グロドノ県の下位区分郡行政中心地面積(露里2)郷全域人口(人)行政中心地人口(人)
県全体フロドナ33900.8160,340925,4591
ブレスト郡(ru)ブレスト4299.719,3851 (1889)4,1615
ヴォルコヴィスク郡(ru)ヴァウカヴィスク3358.012,5817 (1889)7071
グロドノ郡(ru)フロドナ3770.013,7779 (1891)4,9952
コブリン郡(ru)コブルィン4645.315,9209 (1894)8998
プルジャヌィ郡(ru)プルジャヌィ3659.413,9879 (1897)7634
スロニム郡(ru)スロニム6359.223,3506 (1897)1,5893
ベロストク郡(ru)ビャウィストク2551.818,7531 (1889)5,6629
ベリスク郡(ru)Bielsk Podlaski(ru)3130.317,5855 (1889)7012
ソコルカ郡(ru)Soko?ka(ru)2290.011,3746 (1897)7595
[註]
・行政中心地の背景色は、その自治体が現在所属する国を示す(黄:ベラルーシ、桃:ポーランド
・郡名はロシア語に基づく。また、黄:ベラルーシ語、桃:ポーランド語に基づく。
・面積は平方ベルスタ(露里)。1ベルスタ = 約1067メートル[3]
・県全体の面積・人口は1897年[4]、各市の人口は( )内の年の統計による。
・斜体は行政中心地の市を含む、県内の25市の総計(都市人口総計)。

民族比率(1897年[5])郷ベラルーシ人ウクライナ人ユダヤ人ポーランド人ロシア人リトアニア人ドイツ人
県全体44.0 %22.6 %17.4 %10.1 %4.6 %……
ブレスト郡1.8 %64.4 %20.8 %3.9 %8.1 %……
ヴォルコヴィスク郡82.4 %…12.4 %2.1 %2.3 %……
グロドノ郡65.7 %…19.9 %5.7 %6.2 %1.4 %…
コブリン郡…79.6 %13.7 %2.2 %3.1 %……
プルジャヌィ郡75.5 %6.7 %12.8 %1.4 %3.0 %……
スロニム郡80.7 %…15.2 %1.6 %2.1 %……
ベロストク郡26.1 %…28.3 %34.0 %6.7 %…3.6 %
ベリスク郡4.9 %39.1 %14.9 %34.9 %5.9 %……
ソコルカ郡83.8 %…12.2 %1.2 %1.8 %……

行政の長「ru:Гродненская губерния#Руководители губернии」も参照
出身者「Category:グロドノ県出身の人物」も参照
出典^ a b c Гродненская губерния // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона
^ Гродненская губерния // Еврейская энциклопедия Брокгауза и Ефрона
^ 井桁貞義編 『コンサイス露和辞典』 三省堂、2009年、P87
^Демоскоп Weekly. Первая всеобщая перепись населения Российской Империи 1897 г. Наличное население в губерниях, уездах, городах Российской Империи (без Финляндии)
^Демоскоп Weekly. Приложение. Справочник статистических показателей


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