グレグジット
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ギリシャのユーロ圏離脱(ギリシャのユーロけんりだつ)とは、ギリシャの債務危機 (Greek government-debt crisis) に対処するため仮定された、同国がユーロ圏を離脱するシナリオである。ギリシャは2018年8月に金融支援プログラムを完了しており、そのような離脱は回避されている[1]

「グレグジット(Grexit)」は「ギリシャのユーロ圏離脱」を意味する造語で、英語: "Greek"(ギリシャの)と 英語: "exit"(出ていくこと、退出)を併せてつくられた混成語[2]シティグループのチーフアナリスト、ウィレム・バウター(Willem H. Buiter)とエブラヒム・ラハバリ(Ebrahim Rahbari)が2012年2月6日に発表したレポートで「ギリシャがユーロ圏を離脱し、旧通貨ドラクマを再び使用する可能性がある」ことを指して初めて使用されて以降、マスメディアなどでも使われるようになった[3][4]
背景

2012年5月中旬、長引くギリシャの財政危機の中行われた2012年5月ギリシャ議会総選挙の結果、緊縮財政政策に反対してきた急進左派連合(SYRIZA)が第2党となり与党側が組閣に失敗したことから、ギリシャはユーロ圏をすぐにでも離脱するのではないかという憶測が流れた[5][6][7][8][9]。この「ギリシャのユーロ離脱」はグレグジット(Grexit)と呼ばれるようになり、国債市場にも影響を及ぼすようになった。エコノミストらは、この離脱観測が自己達成的予言(英語版)の典型例になることに懸念を示した[10]。グレグジットが現実のものとなった場合、ギリシャ経済は非常に不安定な状態となることから、仮にグレグジットを行うとしても「政府の決断が下されてから数日中、というより数時間内」に実行する必要がある[9][11][12]
ユーロ自体の問題

ユーロは導入当初から問題があった。その共通通貨は経済と全く関係が無く、そもそも政治的なプロジェクトだった。ユーロが形成されて以後の経済成長率は明らかに鈍化した[13]。ドイツのような大国はユーロというシステムで得をしたが、貧しい国々はさらに悪くなった。また政治的にもウクライナ問題などにEUは何もできないことを示した。欧州連合は2010年のギリシャへの最初の金融支援において、より多くの負債を帳消しにするべきであった。オリヴィエ・ブランチャードも、EUとギリシャ間の交渉が非現実的だと考え、ギリシャの負債を帳消しにすることを交渉の議論の焦点にするよう求めている[13]

欧州が最適通貨圏では無いことはしばしば指摘されてきた。域内の労働移動性にしても、例えば1990年代の居住地域の変更率(人口に対する比率)はドイツが1.1%、イタリアが0.5%であり、アメリカ合衆国の3.1%には遠く及ばない[14]。欧州域内とは違い、米国内では同じ言語が使われているわけであるから当然である。またユーロ圏の金融政策はECBによって決められ、ユーロ圏各国は独自の金融政策をとることができない。ユーロ圏加盟国間では固定相場制であるため、貿易のインバランスが生じても、為替レート変動による調整メカニズムは働かない。そしてユーロ圏の加盟国が不況に陥ったときに、自国通貨を切り下げて輸出ドライブをかけて経常収支を改善させることができなくなる。米国においても各州で同じ通貨、すなわちUSドルを使っているが、経済が相対的に弱い州には自動的に米国連邦政府が経済援助をする仕組みとなっている。これは米国の財政連邦主義と呼ばれる[14]。ユーロ圏ではこうした財政連邦主義がないので、ドイツのように経済的に強い地域がその他の加盟国を支援する仕組みがないのである。

ノーベル賞経済学者ジェームズ・トービンは2001年の段階で既にユーロが内包する問題点を指摘していた[15]。ユーロ圏参加国と米国の各州を比較すると、両者ともに金融政策の主権はない。だがユーロ圏のECBと米国のFRBを比べれば、EMUの条項によってECBはユーロ域内の物価安定に力を注ぐことを強いられる[15]。物価の安定だけに政策焦点がおかれるあまり、失業への対策がおろそかになるのである。一方、FRBの政策は失業対策と実質経済成長に比重がおかれているゆえに、欧州よりも米国の方が失業率は低い。財政政策に関して、ユーロ加盟国はマーストリヒト条約やEMUの規則に従わなければならず、各加盟国は財政赤字をGDPの3%以内に抑えることが義務となっている。この義務はたとえ加盟国内外で景気後退が起こったときにも果たさなければならない。よってユーロ加盟国が不況に陥ったときにその義務が足かせになるため、財政拡張によっての景気回復を望めなくなる[15]。一方、米国の各州では資本形成のための公的支出であれば支出の上限は無いので、学校や高速道路建造などに投資することができる。「フィリップス曲線」も参照

ノーベル賞経済学者クリストファー・ピサリデスは、ユーロという共通通貨システムのために、ユーロ圏各国の失業率が高止まりし、各国が低成長に苦しみ失われた世代が作り出されていることを指摘した[16]。ピサリデスはユーロ圏を秩序立てて解体させるべきと唱えた。
IMFの関与「国際通貨基金#IMFによる経済予測」も参照

リチャード・クーは、IMFとEUのギリシャへの交渉姿勢を厳しく非難した。IMFは、ギリシャが緊縮プログラムを実行すれば2012年の段階で更なる債務減免は必要ないと主張していた[17]。EUの主張は、ギリシャが構造改革を遅らせたためにギリシャが困難に直面したのだというものだった。これらの主張に対してリチャード・クーは、レーガノミクスで行われた構造改革は短期的には効果が無く、レーガン政権下では米国は構造改革の恩恵をうけなかったことを指摘し、IMFとEUの主張は非現実的であると述べた[17]

2015年7月、IMFがギリシャの債務返済に関するモラトリアム(30年、もしくはそれより長い期間)の必要性を唱えた[18]。ギリシャへの金銭支援をめぐり、ドイツ側はIMFが支援に加わることを望む。そしてドイツ側はリスボン条約125条を理由にギリシャの債務減免には応じない。一方IMFはギリシャの債務減免が合意されない限りは支援を拒むスタンスである。債務減免だけでは不十分であり、ギリシャへの恒常的な財政支援も必要だとIMFは論じた[18]。これは実質的な所得移転であり、EUの債権国(主にユーロ圏北側の国々)の頭痛の原因である。2010年のギリシャへの最初の金銭支援から、欧州連合は所得移転連合だとする論調がドイツでは台頭してきている。

このIMFの対応をうけ、リチャード・クーはIMFがわずかながらギリシャの実態経済を理解しつつあると述べた[17]
ギリシャ動向
2015年ギリシャ国民投票

ギリシャ政府は2015年の6月30日までに約16億ユーロのローンをIMFに返済しなければならない。IMFや欧州連合は、ギリシャ政府に190億ユーロの金融支援をする交換条件として緊縮財政プログラムをギリシャに受け入れるよう要求している[19]。ギリシャ政府側は、緊縮財政プログラムを免除するよう要求し続け、EUとギリシャとの交渉が継続している。IMFらが求める財政緊縮プログラムは、既に過去5年にわたって苦しんできているギリシャ国民にとって屈辱的なものであるとアレクシス・ツィプラスは述べた[19]

2015年1月の総選挙でSyrizaが反緊縮を掲げて選挙に勝ち、政権について以来、Syrizaのリーダーであるチプラス率いるギリシャ側とEU側の間で折衷案も含め難しい交渉が続いていた。チプラス政権は、EU側が要求する財政緊縮案をギリシャ側が受け入れるかどうかについての国民投票を2015年7月5日に開くことを決定した[20]。この国民投票でYesに投票すればEU案を受け入れ、Noに投票すればEU案を拒絶することになる。Yesを選択すればEUから約155億ユーロの金融支援が受けられ、そのうちの18億ユーロは即座に使用できる。だがYesを選択した場合はEUがギリシャに求める緊縮財政政策を施行しなければならない。チプラス自身は、明確にNoに投票する。チプラスは、EUがギリシャに課そうとする財政緊縮プログラムを屈辱的なものと形容した。今回の国民投票では、終わり無き屈辱的な緊縮財政政策を受け入れるかどうかをギリシャの主権と尊厳をもって決めるのだとチプラスは述べた[20]。アンゲラ・メルケルは、EU案は極めて寛大なオファーであると述べた。

チプラスがEUの緊縮案を国民投票に持ち込むと宣言した後、ギリシャを除くユーロ圏各国は怒り驚き、交渉を即座に中断した[21]


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