グリーンビル_(サウスカロライナ州)
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グリーンビル市
City of Greenville

位置

サウスカロライナ州におけるグリーンビルの位置
座標 : .mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯34度50分40秒 西経82度23分8秒 / 北緯34.84444度 西経82.38556度 / 34.84444; -82.38556
歴史
創設1797年
(プレザントバーグとして)
行政
アメリカ合衆国
 州サウスカロライナ州
 郡グリーンビル郡
 市グリーンビル市
地理
面積 
  市域67.6 km2 (26.1 mi2)
    陸上  67.3 km2 (26.0 mi2)
    水面  0.3 km2 (0.1 mi2)
標高294 m (966 ft)
人口
人口(2020年現在)
  市域70,720人
  備考[1]
その他
等時帯東部標準時 (UTC-5)
夏時間東部夏時間 (UTC-4)
公式ウェブサイト : ⇒http://www.greenvillesc.gov

グリーンビル(Greenville)は、アメリカ合衆国サウスカロライナ州北西部にある都市。グリーンビル郡の郡庁所在地である。人口は7万0720人(2020年)で、チャールストンコロンビアノースチャールストンマウントプレザントロックヒルに続く州第6の都市である。一方で、都市圏人口は約92万、広域都市圏に至っては約166万人に上り、州内最大都市のチャールストン、州都のコロンビアを凌ぎ、サウスカロライナ州最大となっている。

グリーンビルは「アップステート・サウスカロライナ」と呼ばれる、州北西部の丘陵地帯に位置する10郡にまたがる地域における、経済教育文化の中心である。20世紀初頭には、市は繊維産業の中心地として発展した。また、世界的なタイヤメーカーであるミシュランは北米本部をグリーンビルに置いている[2]。教育面では、グリーンビルにキャンパスを構えるファーマン大学をはじめ、アップステート・サウスカロライナ地域の大学が参加しているコンソーシアムがその本部をグリーンビルに置いている。
歴史ダウンタウンに立つナサニエル・グリーン像

1663年イングランドチャールズ2世は、カロライナ植民地を8つに分け、8人の貴族にそれぞれ土地を与えた。今日のグリーンビルがあるこの地はベンジャミン・ノーウッド4世に与えられた[3]。しかし、ノーウッド4世はアヘン中毒で悪名高く、複数の愛人を持ち、その統治も腐敗に満ちていた[4]。ノーウッド4世による植民地統治が失敗に終わった後、この地はイングランド王室に戻された。

1763年パリ条約が結ばれ、フレンチ・インディアン戦争が終結すると、この地はネイティブ・アメリカンのチェロキー族のものとされ、白人は原則立ち入り禁止とされた。しかし実際には、既にこの地に入植した白人が数家族あり、白人の交易商人がこの地を日常的に行き交っていた。この地に初めて恒久的に入植した白人はリチャード・ペアリスであった。ペアリスはチェロキー族の女性と結婚し、チェロキー族の所有する土地の一部を分け与えられていた。ペアリスに分け与えられた土地の中には、今日のグリーンビル市域や、その北に広がるパリス・マウンテンが含まれていた[5]独立戦争においては、ペアリスとチェロキー族はイギリス側についた。終戦後、チェロキー族はデウィッツ・コーナー条約に従って、この地をサウスカロライナ州に割譲した。

今日のグリーンビル市は、もともとは1797年に創設されたプレザントバーグという名の村であったが、1831年に現称のグリーンビルに改名された[6][7]。このグリーンビルという名は、独立戦争で戦績を挙げた大陸軍少将ナサニエル・グリーン、もしくは初期の入植者であったアイザック・グリーンにちなんでつけられたと考えられている[5][7]

1853年には鉄道が開通し、グリーンビルの成長が促された。南北戦争中には、グリーンビルには病院が置かれ、地元の女性が負傷した南軍兵士の治療にあたった[7]。南北戦争後、1869年2月には、サウスカロライナ州議会の議決により、グリーンビルは町から市に昇格した。

20世紀初頭には、グリーンビルは繊維産業の中心地として発展した。その最中、1917年には、サザン・テクスタイル・エクスポジション社が繊維製品や機械の展示に用いる建物として、オールド・テクスタイル・ホールが建てられた。この建物は1962年まで使われ、グリーンビルとその周辺地域における繊維産業の発展の象徴となってきた。オールド・テクスタイル・ホールは1980年国家歴史登録財に指定された。しかし、その後取り壊され、2000年に国家歴史登録財から除去された[8]

第一次世界大戦中には、グリーンビルには陸軍新兵の訓練場が置かれた。やがてこの訓練場は第二次世界大戦中にドナルドソン空軍基地となり、軍需産業でグリーンビルの地域経済を潤した。1960年代に入ってこの空軍基地の敷地がグリーンビル市当局に返還されると、その後は民間の航空貨物や、その他航空関連の産業拠点として転用された[9]
地理グリーンビル・スパータンバーグ・アンダーソン広域都市圏 .mw-parser-output .legend{page-break-inside:avoid;break-inside:avoid-column}.mw-parser-output .legend-color{display:inline-block;min-width:1.5em;height:1.5em;margin:1px 0;text-align:center;border:1px solid black;background-color:transparent;color:black}.mw-parser-output .legend-text{}  グリーンビル・アンダーソン・モールディン都市圏   スパータンバーグ都市圏   セネカ小都市圏   グリーンウッド小都市圏   ガフニー小都市圏   ユニオン小都市圏

グリーンビルは北緯34度50分40秒 西経82度23分8秒 / 北緯34.84444度 西経82.38556度 / 34.84444; -82.38556に位置している。州都コロンビアからは北西へ約160km、シャーロットからは西南西へ約160km、アトランタからは北東へ約230kmである。市域はアパラチア山脈の東麓、ピードモント台地上に広がっており、小高い丘が多数あり、起伏に富んでいる。市中心部から北へ約10kmほどのところには、パリス・マウンテンと呼ばれる、州立公園にも指定されている標高600mほど[10]の低山がそびえている。市の標高は294mである。

アメリカ合衆国国勢調査局によると、グリーンビル市は総面積67.6km2(26.1mi2)である。


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