クロマチンリモデリング(英: chromatin remodeling)は、クロマチン構造の動的な調節である。クロマチンリモデリングは凝縮したゲノムDNAに対する転写調節装置のタンパク質のアクセスを可能にし、遺伝子発現の制御が行われる。こうしたリモデリングは主に、(1) 特異的酵素による共有結合的なヒストン修飾(ヒストンアセチル化酵素、脱アセチル化酵素、メチル化酵素、キナーゼなどによるもの)、(2) ヌクレオソームを動かしたり、除去したり、再構築したりするATP依存的なクロマチン構造のリモデリング、によって行われる[1]。クロマチン構造の動的なリモデリングは、遺伝子発現の活発な調節の他にも、卵細胞のDNA複製や修復、アポトーシス、染色体分離
(英語版)、発生や多能性など、いくつかの重要な生物学的過程のエピジェネティックな調節を可能にする。クロマチンリモデリングタンパク質の異常は、がんを含むヒトの疾患と関係していることが判明している。いくつかのがんに対しては、クロマチンリモデリング経路を標的とした治療戦略の進化が続いている。ゲノムの転写調節は主に転写開始前の段階、DNAのコアプロモーター配列へのコア転写装置(すなわちRNAポリメラーゼ、転写因子、アクチベーターとリプレッサー)の結合の制御によって行われている。しかし、核内のDNAはしっかりとパッケージングされており、主にヒストンタンパク質の助けによってヌクレオソームの反復単位が形成され、それらがさらに束ねられて凝縮したクロマチン構造が形成されている。こうした凝縮構造は多くのDNA調節タンパク質を排除し、転写装置との相互作用や遺伝子発現の調節はできない状態となっている。クロマチンリモデリングと呼ばれる過程は、この問題を克服して凝縮DNAに対して動的なアクセスを行うことを目的として行われ、ヌクレオソーム構造を変化させて転写調節のためのDNA領域を露出させたり隠したりする。
定義として、クロマチンリモデリングはヌクレオソームDNAへのアクセスを促進する酵素的過程であり、ヌクレオソームの構造、構成、配置のリモデリングが行われる。 ヌクレオソームDNAへのアクセスは大きく2種類のタンパク質複合体によって行われる。 ヒストン修飾複合体と呼ばれる特異的なタンパク質複合体が、ヒストンに対するさまざまな化学的要素の付加や除去を触媒する。こうした酵素的な修飾にはアセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化が含まれ、主に修飾はヒストンのN末端のテール領域に対して行われる。こうした修飾はヒストンとDNAの間の結合親和性に影響を与え、ヒストンに巻き付いている凝縮したDNA構造を緩めたり引き締めたりする。例えば、ヒストンH3とH4の特定のリジン残基のメチル化はヒストン周囲のDNAのさらなる凝縮を引き起こし、転写因子のDNAへの結合を阻害し遺伝子発現を抑制する。反対に、ヒストンのアセチル化はクロマチンの凝縮を緩め、転写因子が結合できるようにDNAを露出させ、遺伝子発現を増加させる[2]。 よく知られたヒストン修飾には次のようなものがある[3]。 リジン残基とアルギニン残基の双方がメチル化を受けることが知られている。メチル化リジンはヒストンコードの中で最もよく理解されている標識の1つであり、特定のリジン残基のメチル化状態は遺伝子の発現状態とよく一致する。H3K4とH3K36のメチル化は転写の活性化と相関している一方、H3K4の脱メチル化はゲノム領域のサイレンシングと相関している。H3K9とH3K27のメチル化は転写抑制と相関している[4]。特に、H3K9のトリメチル化は構成的ヘテロクロマチンと高度の相関がみられる[5]。 アセチル化されたヒストンは脱アセチル化ヒストンと同じようにうまくパッキングすることはできないため、クロマチンが「開いた」構造となる傾向がある。 ヒストン修飾にはさらに多くの種類が存在し、高感度の質量分析によって近年その種類は大きく広がった[6]。 ヒストンコード
分類
共有結合によってヒストンを修飾する複合体
ATP依存的なクロマチンリモデリング複合体
共有結合によってヒストンを修飾する複合体
既知の修飾
メチル化
アセチル化と脱アセチル化
リン酸化
ユビキチン化
ヒストンコード仮説
多くの研究の蓄積により、こうしたコードはヒストンをメチル化したりアセチル化したりする特定の酵素によって書き込まれ(ライター)、脱メチル化や脱アセチル化活性を持つ他の酵素によって消去され(イレーザー)、そして最終的に特定のドメイン(ブロモドメイン、クロモドメインなど)を介してこうした修飾へリクルートされて結合するタンパク質によって読み取られる(リーダー)ことが示唆されている。これらライター、イレーザー、リーダーによる3つの作用によって、転写調節やDNA損傷修復などに適した局所的環境が確立される[7]。
ヒストンコード仮説の重要なコンセプトは、ヒストン修飾は単にヒストンとDNAの相互作用を安定化したり不安定化したりするのではなく、専用のタンパク質ドメインによって修飾を特異的に認識する他のタンパク質をリクルートするために利用される、という点である。こうしてリクルートされたタンパク質はその後、クロマチン構造を活発に変化させたり、転写を促進したりする。
遺伝子発現に関するヒストンコードの非常に基礎的な概要を下に示す。
修飾の種類ヒストン ATP依存性クロマチンリモデリング複合体は、ヌクレオソームを移動させるか、除去するか、再構築するかによって遺伝子発現を調節する。これらのタンパク質複合体は共通したATPアーゼドメインを持っており、ATPの加水分解によるエネルギーによってヌクレオソームをDNAに沿って再配置したり(ヌクレオソームスライディング(nucleosome sliding)とも呼ばれる)、ヒストンを組み立てたり除去したり、ヒストンバリアントの交換を促進したりし、遺伝子の活性化のためにヌクレオソームが存在しないDNA領域を作り出す[12]。いくつかのリモデリング因子はDNAを移動させる活性を持っている[13]。
H3K4H3K9H3K14H3K27H3K79H4K20H2BK5
モノメチル化活性化[8]活性化[9]活性化[9]活性化[9][10]活性化[9]活性化[9]
ジメチル化抑制[4]抑制[4]活性化[10]
トリメチル化活性化[11]抑制[9]抑制[9]活性化[10]、
抑制[9]抑制[4]
アセチル化活性化[11]活性化[11]
ATP依存性クロマチンリモデリング