クラークスデール
Clarksdale, Mississippi
市
愛称: コットンベルトの金色バックル
ミシシッピ州におけるコアホマ郡(右図)と同郡におけるクラークスデール市の位置
北緯34度11分52秒 西経90度34分19秒 / 北緯34.19778度 西経90.57194度 / 34.19778; -90.57194
クラークスデール(英: Clarksdale)は、アメリカ合衆国ミシシッピ州の北西部、コアホマ郡の都市であり、同郡の郡庁所在地である[1]。ミシシッピ・デルタ地域にあり、農業の中心である。多くのブルース・ミュージシャンを輩出してきた。市名は設立者ジョン・クラークから採られた。2010年国勢調査での人口は17,962人だった[2]。 ヨーロッパ人開拓者が地域に入ってくる以前、チョクトー族とチカソー族インディアンがミシシッピ・デルタ地域を占有しており、現在クラークスデールとなっている場所は、重要なインディアン道の交差点だった。ジョージア州オーガスタから西のニューメキシコ州まで伸びるローワー・クリーク交易道と、北東のポントトクに伸びるチャクチウマ交易道だった[3]。インディアン移住法の下に最初に強制移住させた条約は1830年ダンシング・ラビット・クリーク条約であり、現在のミシシッピ州にあったチョクトー族の土地約1,100万エーカーを、オクラホマ州の約1.500万エーカーと交換させた。同様に1837年にはチカソー族の移住が始まり、オクラホマに移ってからその最西部の土地のためにチョクトー族に53万ドルを払った。 インディアンの排除後、肥沃な土壌が綿花栽培に適していたデルタ地域に白人開拓者が移住した。クラークスデール地域には幾つか綿花プランテーションが設立され、町は直ぐに「コットンベルトの金色バックル」と呼ばれるようになった。1848年、ジョン・クラークが地域の土地を購入して町を設立し、製材事業を始めた。クラークは、近くにプランテーションを所有しており、州選出のアメリカ合衆国上院議員および州知事を務めることになったいたジェイムズ・ラスク・アルコーンと義兄弟でもあった。 クラークスデールは1882年に法人化され、1879年にはルイビル・ニューオーリンズ・アンド・テキサス鉄道が開通していた。1886年、町の区画が整理されたが、通りが舗装されるようになったのは1913年になってからだった[4]。 少なくとも1940年代まで、デルタ地域の綿花栽培の基本はアフリカ系アメリカ人の労働力を広範に使うことだった。1860年国勢調査によるコアホマ郡の人口は、白人1,521人、奴隷5,085人だった。因みにジェイムズ・アルコーンは奴隷を77人所有していた[5]。 奴隷制度が廃止されると、即座に小作制と呼ばれる経済制度に移行し、政治的には人種分離が並行して進んだ。歴史家のニコラス・レマンは、「黒人の大半が綿花畑以外に生きていく機会が無いことを確認することで、小作制という拘束力を人種分離が強めた」と記した[6]。南北戦争の後のレコンストラクション時代、ミシシッピ州の黒人と貧乏白人は、普通選挙を規定した1886年新憲法の恩恵を受けた。これは選挙権と被選挙権の要件から資産資格を外し、州初の公共教育制度を定め、資産の所有と継承にあたって人種差別を禁止し、旅行の際に公民権を制限することを禁じた[7]。しかし、得られたものは短命だった。1875年には白人民主党がミシシッピ州の役人を独占し、法的人種差別であるジム・クロウ法を導入した。このことで、「クラークスデール人種暴動」と呼ばれる事件への背景を作った。ビル・ピースという元奴隷が北軍に仕え、戦後はクラークスデールに戻ってきていた。ピースは元の主人を説得して、プランテーションへの泥棒を防ぐ自警団結成を認めさせた。1875年10月9日、クラークスデールの白人が、「ピース将軍」はその部隊で町を襲って燃やし、白人全てを殺す準備をしているという噂を聞くようになった。白人の民兵隊が結成され、ビル・ピースの「革命」は間もなく沈静化された。同様な武装黒人の革命という影に怯えて、州全体で白人民兵隊が結成された。ニコラス・レマンは「小作制の設立と同様に、南部において全て白人の民主党に権力が戻すことは、白人にとって伝説に包まれるようになったほどの発展だった。多くの町は白人南部の再生について独自の神話を持っている。クラークスデールでは1875年10月9日の「人種暴動」の話である」と記している[4]。
目次
1 歴史
1.1 開拓初期
1.2 大移動
1.3 近代史
2 地理
3 人口動態
3.1 収入
4 教育
4.1 コミュニティカレッジ
4.2 公立学校
4.3 私立学校
5 音楽史
5.1 デルタ・ブルース博物館
5.2 ミシシッピ・ブルース・トレイルの標識
6 著名な出身者
6.1 クラークスデール生まれ
6.2 クラークスデール在住または在籍
7 脚注
8 参考文献
9 外部リンク
歴史
開拓初期