クトゥルフ神話
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クトゥルフ神話(クトゥルフしんわ、Cthulhu Mythos)は、パルプ・マガジン小説を元にした架空の神話[1]

20世紀にアメリカで創作された架空の神話であり、「アメリカ神話」とも呼ばれる。作中では逆に、人類史の神話は太古からのクトゥルフ神話の派生であるということになっている。

パルプ・マガジンの作家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフトと友人である作家クラーク・アシュトン・スミスロバート・ブロックロバート・E・ハワードオーガスト・ダーレス等の間で架空の神々や地名や書物等の固有の名称の貸し借りによって作り上げられた。

太古の地球を支配していたが、現在は地上から姿を消している強大な力を持つ恐るべき異形の者ども(旧支配者)が現代に蘇ることを共通のテーマとする。そのキャラクターの中でも旧支配者の一柱、彼らの司祭役を務め、太平洋の底で眠っているというタコイカに似た頭部を持つ軟体動物を巨人にしたようなクトゥルフが有名である。
概要
名前

邪神の名前である「Cthulhu」は、本来人間には発音不能な音を表記したものであり、クトゥルフやクトゥルーなどはあくまで便宜上の読みとされているため、アメリカでもどう発音するかは決まっておらず、邦訳でも表記がブレておりクトゥルー神話、ク・リトル・リトル神話、クルウルウ神話とも呼ばれる。

日本では、1974年出版のラヴクラフト傑作集(のち全集)を訳した大西尹明はクトゥルフと表記した理由を「発音されると考えられる許容範囲内で、その最も不自然かつ詰屈たる発音を選んだがため」としている。詳細は「クトゥルフ」を参照

ダーレスによると、「クトゥルフ神話」という名称は、神話の基本的な枠組を明らかにした作品がラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』であることに基づいており、神名クトゥルフではなく作品名に由来するものである。

ラヴクラフトは、自身の作品群や世界について「アーカム・サイクルアーカム物語群)[2]」「クトゥルフその他の神話(Cthulhu & other myth)……戯れに地球上の生物を創造したネクロノミコン中の宇宙的存在にまつわる神話[2]」「ヨグ=ソトース神話(ヨグ=ソトーサリー)[3]」と呼称した。

英語圏ではジャンルを「サイクル」と呼ぶことがあり、クトゥルフ神話を「Cthulhu Cycle」、ほかに例えばドリームランドものを「en:Dream Cycle」、ハイパーボリアものを「en:Hyperborean cycle」などと表現する。

「クトゥルフ神話」とはややニュアンスが異なる概念として、英語圏では「ラヴクラフティアン・ホラー」en:Lovecraftian horrorという呼称でも呼ばれている。
体系化

「クトゥルフ神話」という呼称は、長らくダーレスの考案とされてきた。何時から使用され始めたのかは不明だが、クラーク・アシュトン・スミスがダーレスに宛てた1937年4月13日付けの手紙に「the Cthulhu mythology」がラヴクラフトの作品全般を言い換える単語として現れている。そのため「クトゥルフ神話」は、ダーレスが独自の見解を加え体系化した後の呼称としてラヴクラフトの作品群や、その設定を指す「原神話」や「ラヴクラフト神話(Lovecraft Mythos)」と区別する意味で「ダーレス神話(Derleth Mythos)」と呼ばれることもあった。特にダーレスによって持ち込まれたとされている旧神/旧支配者という善悪二元論的な対立関係に否定的な立場の読者は、この両者を明確に区別している。

この神話体系で用いられた固有名称は後の作家たちにも引き継がれているが、作中の扱いについては各作家の自由であり、一般的なシェアード・ワールドに限定されない。ライターの森瀬繚はこれらの作風を、世界よりも固有名詞の方に着目して「シェアード・ワード」と表現している[4]
構成する要素「ハワード・フィリップス・ラヴクラフト」も参照
宇宙的恐怖

クトゥルフ神話の創始者ラヴクラフトは、自らが理想とするホラー小説について「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」という概念を提唱している。これは、無機質で広漠な宇宙において人類の価値観や希望には何の価値もなく、ただ意志疎通も理解も拒まれる絶対的他者の恐怖に晒されているのだという不安と孤独感をホラー小説に取り込んだもので、吸血鬼幽霊など人間の情念に基づいた恐怖を排除する傾向、宇宙空間や他次元などの現代的な外世界を取り上げるなどの要素がある[5][6]。ただしラヴクラフトの持論には時おり変化があり、必ずしも一貫しておらず、さらにラヴクラフトの全ての作品が「宇宙的恐怖」を描いていたわけでもない。

「クトゥルフ神話」と「宇宙的恐怖」の関係を強調したのはむしろ、ラヴクラフトの作品を売り出しにかかったオーガスト・ダーレスだろう。順序としては、ラヴクラフトは宇宙的恐怖をテーマにクトゥルフ神話を書いたが、作家仲間たちは己のテーマを以てクトゥルフ神話を書き、それらが集まってクトゥルフ神話が成立したと言える。そのため、何をテーマとするかは作品と作家次第である。現在のクトゥルフ神話は巨大ジャンルと化しており、多数かつ多様な作品によって構成されている。

英語圏では「コズミシズム」en:Cosmicismとも呼称されている。またラヴクラフトを強調して、先述の「ラヴクラフティアン・ホラー」en:Lovecraftian horrorの名前でも呼ばれる。
ラヴクラフトのモチーフ

従来、ラヴクラフトがクトゥルフ神話に描いた恐怖は、彼自身の価値観に由来していると考えられてきた。彼の作品には、自身の家系から来る遺伝的な狂気への恐怖、退行悪夢などいくつかの共通したモチーフが見られる[7]。またラヴクラフトは、海産物に対して病的な恐怖を抱いていたことがクトゥルフなどの造型に関係しているのだとみなす向きもあった[8]。さらにラヴクラフトには非白人への恐怖感や嫌悪感があり、20世紀前半当時としては問題にはならないが現代であれば人種差別主義と言えるほどの偏見で、諸作品における人間と人ならざるものとの混血といったモチーフに結びついている[9][10]。ニューヨークに象徴される現代アメリカ文化に対する嫌悪感も強く描写されており、ラヴクラフトの恐怖と嫌悪は、人種云々以前に現実全般(己自身をも含む)に及んでいたものと思われている[11]

対して好古趣味で知られ、アメリカ植民時代の古い建築物街並みの描写がしばしば登場する。自身も古い時代の家に住んだことを喜んでいる手紙を書いている。また化学、天文学に強い関心があり、「科学を信じると共に宗教心を失ったが、悪夢にも苦しまなくなった」としている。架空の天体、宇宙から来た生物などSFの要素が強いのもクトゥルフ神話の特徴である。ギリシア神話や詩、童話に影響を受け、文学以外では、ドレゴヤの絵画を挙げている。
発展

ラヴクラフトは、自身の創作したキャラクターや地名などの固有名称や設定が自身の複数の作品に渡って登場する一種のスターシステムを取り入れた。これは、読者が繰り返し同じ名称に触れることで関心を引き出すという演出である一方、ラヴクラフト自身が気に入った他人の作品に登場した名称をメタフィジカルに登場させて関連付けたり、異なる作品をシリーズ化させ単純に新しい設定を作る手間を省く狙いもあった。やがてそれらを他の作家が利用すると複数の作品が世界を共有することで一つの体系を為すようになった。

一連の小説世界は、ラヴクラフトとフランク・ベルナップ・ロングクラーク・アシュトン・スミスオーガスト・ダーレスらの固有名詞・設定のやり取りによって創始され、彼の死後、ダーレスやリン・カーターらがそれらの設定を整理して「クトゥルフ神話」として体系化していった。ラヴクラフト自身、後期の作品群にはある種の体系化を試みた形跡が見られ、共通した人名、地名、怪物名、書名等が現れ、作品間の時系列的関係にも考慮の跡がみられる。しかし背景をなす神話世界の全体像に関しては、もっぱら暗示するに留めた。

ラヴクラフトは、彼に先行する作家アルジャーノン・ブラックウッドロード・ダンセイニアーサー・マッケンエドガー・アラン・ポーなどから影響を受けている。今日では、マッケンの『白魔』やロバート・W・チェンバースの『黄の印』など、ラヴクラフトに先行する作品もクトゥルフ神話体系の一部と見なす見解もある。

最初のクトゥルフ神話作品については、1917年の『ダゴン』、1921年の『無名都市』、1926年執筆・1928年発表の『クトゥルフの呼び声』などが挙げられそれぞれに理由はあるが、特定はできない。一例だが東雅夫は『クトゥルフの呼び声』が執筆された1926年を「クトゥルフ神話元年」と表現した[12]。ラヴクラフト以外による最初のクトゥルフ神話は、1928年のFBロングの『喰らうものども』である。創始者のラヴクラフトは構想の全貌を体系化することを試みておらず、また多くの執筆者の手によって諸々の作品が書かれ、いわゆる「クトゥルフ神話」はいつの間にか成立していたのだが、ダーレスなどは体系化することを試みる。大瀧啓裕は、『クトゥルフの呼び声』『ダンウィッチの怪』『インスマウスの影』の3作品をダーレスによるクトゥルフ神話体系の中核と述べる[13]
アーカムハウス

ラヴクラフトの愛読者であったダーレスは、自分の解釈に基づいて自分も神話作品を執筆し、旧神が邪悪な旧支配者を封印したとする独自の見解や、旧支配者を四大霊にあてはめるなど新たな解釈を行なった。ダーレスは第2作神話『潜伏するもの』などの原稿をラヴクラフトに送っており、(正式公開前の原稿段階で)読んだラヴクラフトは力作と賞賛した。その後、ダーレスは自らの解釈に基づく作品を多数発表していくことになるが、他の作家たちもそれぞれ好き勝手な解釈や設定を付け加えていた。

ラヴクラフトはパルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』に作品を載せていたが、掲載を断られたり、自信がない作品は発表せずストックしていた。彼の死後、1939年にダーレスは、これらを出版するため出版社「アーカムハウス」を創設する。これによって未発表の作品が多くの人に触れる切っ掛けになる。またダーレスはラヴクラフトの構想メモを引き継ぎ連名で神話作品を複数執筆しているが、それらはダーレス神話であり、ラヴクラフト単独の作品とは雰囲気や設定が大きく食い違う。またダーレスは「クトゥルフ神話」体系の普及に努め、他の作家も神話作品を書くように働きかけた。

これらによってラヴクラフトという作家は広く認知されることとなったが、ダーレスはラヴクラフトの文学を後世に伝え広めた最大の貢献者として称賛される一方で、ラヴクラフトのコズミック・ホラーを世俗的な善vs悪の図式に単純化したという理由で死後に批判されることにもなった。ただしダーレスが他作家に「ダーレス神話」を強要したわけではなく、ダーレス存命中にアーカムハウスから刊行された新世代作家陣によるクトゥルフ神話作品は、必ずしもダーレス設定に準拠しているわけではない。
新しい発展

ダーレスは、ラヴクラフトやスミスの書簡集も出版したが、クトゥルフ神話については、あくまでも作品に記された部分にだけ注目していた。だが、書簡の中でのみ言及されている設定や神々の名もあった。最初にそこに注目したのはリン・カーターである。今日では、書簡で述べられていた設定は、次々と神話作品内に取り入れられている。

ラヴクラフトが創始したクトゥルフ神話作品の基本パターンは、好事家や物好きな旅行者が偶然から旧支配者にまつわる伝承や遺物に触れ、興味を引かれて謎を探求する内に真相を探り当てて悲劇的最期を遂げ、それを本人(が残した手記で)あるいは友人が語るというもので、特定の地名や神名、魔術書などの独特のアイテムが作中に散りばめられる。クトゥルフ神話は、こうしたアイテムによって定義されているとも言え、小説の素材として多くの作家に利用されてきた。ラヴクラフト以後の作家によって書かれた神話作品は、こうしたラヴクラフトの基本プロットを踏襲して、そこに新たに創作した遺物を付け加えるなどクトゥルフ神話の一部と呼ぶに相応しい本格的なものから、単に旧支配者の神名や召喚の聖句などが作中に出てくるだけのものまで、さまざまに共有・拡張され、神話体系ができあがっている。そして、これらの神名や新しい土地、魔導書等の名やキャラクターは、今も増え続けている。

1940・50年代、アーカムハウスから作家が作品を発表する一方で、あるファンはバラバラだった作品群を体系化しようと、事典を作りファンジンに発表する。これらの事典は、ダーレスに注目されることとなり、アーカムハウスの単行本に収録され、またダーレスが作品の方を事典の記載に合わせるなど行い、公式設定と化すことになった。

カーターは1970年代にリバイバルと体系化を試み、1972年に『クトゥルー神話全書』を著してクトゥルフ神話の知名度を上げた。これを境に、英語圏で神話書籍が爆増している[14]。ダーレスとカーターの没後は、ロバート・M・プライスなどが神話を牽引する[15]

作家たちの想像力の限りを尽くした、この世のものとも思えない異形の旧支配者たちは、怪奇ファンのみならず多くの読者を楽しませており、今や怪奇小説一つの枠に納まらなくなりつつある。2009年にはカナダのPermuted Pressから、ナイアーラトテップの一人称による暗黒小説、シュブ=ニグラスをヒロインとした正統派ロマンス小説、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』やジュール・ヴェルヌのキャラクターであるネモ船長を導入した作品など、他ジャンルのクトゥルフ神話作品を収録した作品集が刊行されている[16]

1981年に、TRPG『クトゥルフの呼び声』(後のクトゥルフ神話TRPG)が登場する。先行の大手TRPGが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などいわゆる「剣と魔法のファンタジー」であった時代に、異質なホラーゲームとして登場してファンを獲得した。TRPGはまた、独自の体系化を行っている。アメコミ分野でも、DCやマーベルをはじめ神話作品が生まれている小説のみならず、漫画やゲームの世界にも神話世界は拡張され続けている。

フランスでは1950年代に紹介され始めていたが、1960年にジャック・ベルジェfr:Jacques Bergierが『魔術師の朝』(Le Matin des Magiciens、邦訳抄訳版『神秘学大全』)でラヴクラフトを紹介したことがきっかけとなり声価が急速に高まった[17]
日本でのクトゥルフ神話

日本でのクトゥルフ神話の始まりは、少なくとも1956年において早川書房のアンソロジー『幻想と怪奇2』に「ダンウィッチの怪」の収録が確認されている[18]。ラヴクラフトやクトゥルフ神話が広く知れ渡ったのは、1972年のS-Fマガジン9月臨時増刊号で、クトゥルフ神話が初めて特集されたこと[18]。翌1973年の専門誌『幻想と怪奇』第4号で「ラヴクラフト=CTHULHU神話」と題され特集された[18]

1972年に創土社から日本最初のラヴクラフト作品集『暗黒の秘儀』が刊行され、続いて1974年に創元推理文庫から『ラヴクラフト全集1』が刊行され[注 1]、80年代にはクトゥルフ神話作品が複数のレーベルから盛んに翻訳紹介された。だがやがて紹介が鈍化し、英米から引き離される。

日本における翻訳ではない最初のクトゥルフ神話作品は、小説現代1977年4月号掲載の山田正紀の短編『銀の弾丸』である[19][20][21]


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