クジラ類の進化史
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およそ80 種におよぶ現生のクジラ類クジラ類の各科ごとの系統樹[1]

本項目ではイルカを含むクジラ類の進化史(クジラるいのしんかし)について記述する。
クジラ類の分類・系統の研究史クジラ目の代表的な種
(1.3.6.7.はヒゲクジラ、2.4.5.8.はハクジラ)
1. ホッキョククジラ
2. シャチ
3. セミクジラ
4. マッコウクジラ
5. イッカク
6. シロナガスクジラ
7. ナガスクジラ
8. シロイルカ

陸上哺乳類とクジラ類の共通性については古くから知られていた。例えば、古代ギリシャアリストテレスはその著書『動物の発生』の中で、クジラ類は鰓呼吸ではなく空気呼吸(潮吹き)をすること、クジラ類は胎生であり授乳をすることなどから、人類や陸上哺乳類とともにクジラ類を胎生動物(現在の哺乳類に相当)という分類群に収めた。

16世紀のピエール・ベロン(Pierre Belon)らは、クジラは陸上哺乳類と同様に肺と子宮を持っていると指摘した。1758年にスウェーデンのカール・フォン・リンネがその著書『自然の体系』の中で、「哺乳類」(Mammalia)という概念を提唱した。リンネ本人はクジラ類を魚類に含めていたが、「哺乳類」という分類概念が浸透するにつれ、クジラ類もその一部であるとひろく認められるようになった。

18世紀後半、フランスの比較解剖学者であるジョルジュ・キュヴィエはクジラを後足のない哺乳類に分類した。クジラ類の組み立て骨格はパリ自然史博物館に展示されていたので、彼は骨格を詳細に観察し、絶滅動物の骨格と比較することができた。その研究の中で、クジラ類のの構造は基本的には陸上哺乳類の前足の構造と同じであること(相同器官)、クジラ類が尾鰭を使って水中を泳ぐ際の背骨の上下方向の運動は、陸上哺乳類が駆ける時の背骨の運動に類似することといった、クジラ類と陸上哺乳類に共通する特徴を見出し、クジラ類は古代の陸上哺乳類の子孫であるという結論に至った。しかし、クジラ類の祖先は具体的にどのような陸上哺乳類で、どういう過程を経て水中生活に適応していったのか、誰も明示することができなかった。キュヴィエ以来、クジラ類の起源と進化史は哺乳類進化史上の大きな謎とされてきた。

20世紀中盤からの一時期、骨格の特徴などからメソニクス目がクジラ類の祖先であると考えられたことがある。例えば、メソニクス類の臼歯は三角形の特異な形状を示し、原クジラ類と共通している。ほかにも頭骨の構造やその他の解剖学的特徴が原クジラ類と類似していることが指摘された。このことから、メソニクス類をクジラ類の直接の祖先だとする説が長らく信じられていた。

20世紀後半、分子生物学の発展によって、クジラ類とほかの哺乳類との詳細な系統関係が解明された。また、1980年代以降になるとパキスタンなどかつてのテチス海であった地域でさまざまな進化段階のクジラ類の化石が見つかり、最初期のクジラ類の進化史が解明された。これら分子系統学的・古生物学的研究の成果から、クジラ類の祖先は陸生の原始的な”偶蹄類”であること、クジラ類に最も近縁な陸上哺乳類はカバであること[2]分岐分類学ではクジラ類は”偶蹄類”の中の一系統に過ぎないことが判明した。

この分岐分類学の考えにもとづけば、ラクダ類・イノシシ類とカバ類・反芻類を含んで鯨類を含まない”偶蹄類”は側系統群であり、自然分類群にはなりえない。このため、分岐分類学において”偶蹄類”という分類群は解体された。現在ではかつての偶蹄類とクジラ類のすべてを包括した概念として、鯨偶蹄類という分類名が用いられる。
クジラ類の最初期の祖先クジラ類、”偶蹄類”を含むローラシア獣類分岐図

1983年に発見されたパキケトゥスの骨格はメソニクス類のものと大きく異なっており、クジラ類がメソニクス類から分化したものではないことを示していた。むしろ、パキケトゥスは新生代最初期にメソニクス類から分岐した直後に水中生活に適応していった鯨偶蹄類の一種であることを示していた。実際、パキケトゥスを含むクジラ類の祖先は現生の"偶蹄類"が失っているメソニクス的な特徴(三角形の歯など)を多く残していた。

興味深いのは、最初期の有蹄動物の祖先は少なくとも一部が肉食ないし腐食性であったことである。彼らから分化した"偶蹄類"や奇蹄目はその後の進化の過程の中で完全な植物食動物へと変貌を遂げ、本来の肉食動物的特徴を失った。対照的に、現在でもクジラ類は肉食動物(プランクトン食、魚食性のものも含む)であり、肉食動物としての特徴を多く残している。これは、クジラ類が海中で恒温動物として生きていくためには、栄養価の高い動物質の餌のほうが好都合であるためと考えられている。

同様に、メソニクス類も肉食動物として特殊化していく方向に進化していった。しかし、新生代初期には獲物となる大型の植物食動物が少なかったため、メソニクス類の進化は行き詰まった。漸新世には、気候の寒冷化や、肉食動物としてより洗練された肉歯目やその近縁であるネコ目(食肉目)の台頭に押され、メソニクス類は絶滅した。また、原始的なクジラ類も現生に繋がる完全な水生化を果たした系統以外は始新世末期に悉く絶滅していった。
インドヒウスラオエラ科(Raoellids)、クジラ類、偶蹄類を含む分岐図。インドヒウスを含むラオエラ科は鯨偶蹄類と系統関係を持つ可能性がある。[1] [3]インドヒウスの復元図。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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