ギヴ・ミー・ラヴ_(ジョージ・ハリスンの曲)
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「ギヴ・ミー・ラヴ」
ジョージ・ハリスンシングル
初出アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド
B面ミス・オーデル(英語版)
リリース

1973年5月7日

1973年5月25日

1973年7月5日

ジャンルゴスペル[1][2]
時間3分25秒
レーベルアップル・レコード
作詞・作曲ジョージ・ハリスン
プロデュースジョージ・ハリスン
チャート最高順位
後述を参照
ジョージ・ハリスン シングル 年表

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バングラ・デッシュ

(1971年)


ギヴ・ミー・ラヴ

(1973年)


ダーク・ホース

(1974年)


リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』 収録曲

ギヴ・ミー・ラヴ
(A-1)スー・ミー、スー・ユー・ブルース
(A-2)

ライブ映像
「Give Me Love (Give Me Peace On Earth)」 - YouTube

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「ギヴ・ミー・ラヴ」(Give Me Love (Give Me Peace On Earth))は、ジョージ・ハリスンの楽曲である。1973年5月にスタジオ・アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』からの先行シングルとして発売され、同作にオープニング・トラックとして収録された。シングル盤は、Billboard Hot 100で『マイ・スウィート・ロード』以来2度目となる第1位を獲得。このほか、イギリス、カナダ、オーストラリアなど世界各国のシングルチャートでトップ10入りを果たした。

ファンや音楽評論家の間で人気の高い楽曲の1つで、とりわけハリスンのスライドギターソロは高い評価を得ている。歌詞の中で、ハリスンはカルマと絶え間ない再生のサイクルから解放されたいという願いを歌っている。楽曲についてハリスンは僕と神様と、この曲を気に入ってくれた人たちとのつながりについての意思表明と説明している[3]。楽曲は、1976年に発売された『ザ・ベスト・オブ・ジョージ・ハリスン』や2009年に発売された『レット・イット・ロール ソングス・オブ・ジョージ・ハリスン』などのコンピレーション・アルバムにも収録されている。

1991年12月に行なわれた日本ツアーでも演奏されており、1992年に発売されたライブ・アルバム『ライヴ・イン・ジャパン』に収録されている。2002年11月に開催されたハリスンの追悼コンサート『コンサート・フォー・ジョージ』では、ジェフ・リンアンディ・フェアウェザー・ロウ、マーク・マン(英語版)によって演奏された。また、マリーザ・モンチデイヴ・デイヴィスエリオット・スミスなど多数のアーティストによってカバー・バージョンが発表されている。
背景とインスピレーション

アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』に収録されているほとんどの楽曲と同じように、ハリスンは1971年から1972年にかけて「ギヴ・ミー・ラヴ」を書いた[4]。この期間中、ハリスンはニューヨークで2つの慈善コンサートを開催し、ライブ・アルバムの発売やコンサート・フィルムの公開の準備をするなど[5]バングラデシュ独立戦争の難民を支援することに専念していた[6]。これに加え、ハリスンは人道支援プロジェクトが抱えるビジネスや法律上の問題に悩まされていた[7]。作家のアンドリュー・グラント・ジャクソンは、著書『Still the Greatest: The Essential Solo Beatles Songs』で、この最後の問題に対してのハリスンの欲求不満が、『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』に収録の楽曲の多くに陰湿な雰囲気をただよわせることになったとしている[8]

この時期、ハリスンはヒンドゥー教の精神性に傾倒していた[9][10]。1970年から1971年にかけてヒットを記録した「マイ・スウィート・ロード」、それに続くシングル曲「美しき人生」や「バングラ・デッシュ」と同じように、ハリスンは「ギヴ・ミー・ラヴ」を手早く書き上げた[11][12]。ハリスンは、自伝『I・ME・MINE』の中で時には、口を開いて自分が何を言おうとしているのかわかっていないことがある。そうして口から飛び出てきたものが何であろうと、それが何かのきっかけになる。もしそういうことが起こって、運に恵まれれば、それがたいてい曲になる。この曲は祈りであり、個人的な意見表名でもある。つまり、僕と神様と、この曲を気に入ってくれた人たちとのつながりについての意見表名なんだと語っている[3][13]
曲の構成

「ギヴ・ミー・ラヴ」は、「マイ・スウィート・ロード」と同じく、ヒンドゥー教のバジャン(英語版)と西洋のゴスペルの伝統を融合させた楽曲[1][2]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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