ギィ・ロパルツ
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ギィ・ロパルツ.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ポータル クラシック音楽

ジョゼフ=ギィ・ロパルツ(Joseph-Guy Ropartz, 1864年6月15日 コート=ダルモール県ガンガン - 1955年11月22日 コート=ダルモール県ランルー)はフランス作曲家ドビュッシーと同世代であるが、フランクダンディ楽派の伝統に従って、後期ロマン派音楽の伝統上で創作を続けた。ブルトン民族主義の要素も指摘されている。
生涯

ブルターニュ出身。レンヌで学業を続けたのち1885年パリ音楽院への入学資格を得る。作曲科でテオドール・デュボワに学んだ後、ジュール・マスネに師事し、1886年からはオルガン科でセザール・フランクにも師事した。

1894年から1919年までナンシー音楽院(当時はパリ音楽院の分校扱い)に院長として赴任し、1894年ヴィオラ科、1895年トランペット科、1897年ハープ科とオルガン科、そして1900年にはトロンボーン科というように、次々に学科を充実させていった。また、ナンシー音楽院の学生オーケストラによる定期演奏会も開始した。

1898年にはブルターニュ地域圏同盟に入会している。

親友のアルベリク・マニャール1914年に悲劇的な最期を遂げ、いくつもの手稿譜が失われると、ロパルツはマニャールの歌劇《ゲルクール(英語版)Guerc?ur 》の管弦楽法を記憶から再現した。

その後はストラスブール音楽院院長を1919年から1929年まで続け、1949年には、 ジョルジュ・ユー(フランス語版)の後任として、フランス学士院芸術アカデミー会員に選ばれている。

1929年に中央から隠退して郷里ブルターニュに隠居した。1953年に失明している。
主要作品一覧マニャール、ロパルツ、ウジェーヌ・イザイ(1911年)
交響曲

交響曲第1番イ短調(1894)

交響曲第2番ヘ短調(1900)

交響曲第3番(1905) - 合唱交響曲の大作であり、名作としての評価が高い。

交響曲第4番(1910)

交響曲第5番(1944-45)

管弦楽曲

弔いの鐘 La Cloche des morts (initialement Le Convoi du Fermier) (1887年)

オーボエと管弦楽のための哀歌 Lamento pour hautbois et orchestre (1887年)

Les Landes (1888年)

祭りの行進 Marche de fete (1888年)

5つの小品 Cinq pieces breves (1889年)

謝肉祭 Carnaval (1889年)

Dimanche breton, suite en 4 parties (1893年)

幻想曲ニ長調 Fantaisie en re majeur (1897年)

眠れるマリーに A Marie endormie (1911 - 1912年)

La Chasse du prince Arthur (1911 - 1912年)

鐘の音 Sons de cloches (1913年)

Soir sur les chaumes (1913年)

チェロと管弦楽のための狂詩曲 Rhapsodie pour violoncelle et orchestre (1928年)

野外のセレナード Serenade champetre (1932年)

ブルボン家のブレー Bourrees bourbonnaises (1939年)

小交響曲 変ホ長調 Petite symphonie en mi bemol majeur (1943年)

パストラル Pastorales (1950年)

室内楽

6つの弦楽四重奏曲(1893年から1949年まで)

アルベリク・マニャールの名による弦楽四重奏のための小幻想曲

2つのチェロソナタ(第1番:1904年、第2番:1918年 - 1919年)

3つのヴァイオリン・ソナタ(第1番:1907年、第2番:1917年、第3番:1927年)

トロンボーンとピアノのための小品(1908年)

ピアノ三重奏曲イ短調
(フランス語版)(1918年)

弦楽三重奏曲イ短調(1934年 - 1935年)

管楽五重奏曲(1924年)

フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープのための《前奏曲とシャンソン》(1928年)

オペラ

故郷
(英語版)Le Pays (1912年)

宗教曲

四重唱と合唱、オルガンのための《荘厳キリエ Kyrie solennel 》(1886)

オルガン独奏曲《 Offertoire pascal 》 (1889)

合唱と管弦楽のための《詩篇唱第136番「バビロンの川のほとりに」 Psaume 136 "Super flumina Babylonis" 》 (1897)

無伴奏混声合唱のための《5つのモテ Cinq motets
》 (1900)

《聖アンを称えるための小ミサ曲 Messe breve en l'honneur de Sainte Anne 》(オルガン伴奏)(1921)

Messe en l'honneur de Sainte Odile, pour ch?ur mixte et orgue (1923)

混声3声とオルガンのための「テ・デウム」ミサ Messe "Te Deum Laudamus" (1925-26)

合唱と管弦楽のための《レクィエム(フランス語版)Requiem 》 (1937-38)

混声合唱とオルガンのための《サルヴェ・レジナ Salve Regina 》(1941)

合唱と管弦楽のための《詩篇唱第129番「深き淵より」 Psaume 129 "De profondis" 》 (1942)


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