ガソリン直噴エンジン
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ガソリン直噴エンジン(ガソリンちょくふんエンジン、英語:Gasoline Direct injection engine)とは、燃料であるガソリンシリンダー内に、高圧で直接噴射するガソリンエンジンのことである。「筒内噴射」方式と呼ばれる。ガソリン直噴エンジン(BMW N53)
概要

50から350気圧という高圧のガソリンを、エンジンの吸気行程から圧縮行程にかけてインジェクターからシリンダー内に直接噴射し、点火プラグによる火花放電により着火するものである。世代によって、以下の分類がなされる。

第一世代(自然吸気成層燃焼):リーンバーンによる燃費改善

第二世代(自然吸気で均質燃焼):直噴による冷間始動時の排出ガス改善

第三世代(過給吸気で均質燃焼):ダウンサイジングコンセプトによる燃費改善

第四世代(自然吸気で成層燃焼):混合気形成に新技術を使用し、リーンバーンによる燃費改善

成層燃焼

シリンダー内の気流を利用して、点火プラグ付近に燃焼可能な混合比の層(成層燃焼)を形成することで、シリンダー内全体としては空燃比20:1から55:1の超リーンバーンを可能にしている。リーンバーンにより、以下の理由で燃費が向上する。
ポンピングロスの低減

比熱比改善

冷却損失改善

また、高負荷時は出力空燃比(12:1)付近での燃焼(均質燃焼)へ切り替えて吸気行程でガソリンを噴射する。この際、ガソリンの気化熱によりシリンダー内の吸気が冷却されることで充填効率(酸素濃度)が向上し、高出力が得られる。

燃焼モード切替時(超希薄空燃比 ⇔ 理論空燃比)には必要とする吸入空気量に大きな差があり、また切り替え時のトルク変動を抑えるため、スロットルバルブの動作には、電子制御スロットルを用いる場合がほとんどである。

希薄燃焼時の排出ガスは酸素過多の状態にあり、従来の三元触媒ではNOxの還元作用が期待できず、リーンバーン時にはNOxを吸蔵し、理論空燃比よりもリッチな状態になった場合に還元するNOx還元触媒が必要となる。排ガス規制の緩かった初期のガソリン直噴エンジン車では、鼻を突く独特な匂いの排出ガスを出すものがある。
均質燃焼

理論空燃比下での燃焼(ストイキオメトリ燃焼)を行い、燃費や出力の向上だけでなく低排出ガス化を図ったガソリン直噴エンジンも増えた。希薄燃焼を行わない場合でも燃費に有効なのは、
過給吸気を利用し、エンジンの排気量を小型化するダウンサイジングコンセプトと相性が良いこと

圧縮比化が可能

ノック性の向上

によるものである。
特色
利点
出力向上
ポート噴射エンジンと比較して圧縮比を高くできる[注 1]。これは、ガソリン直噴エンジンでは燃料噴射前はディーゼル機関と同様に空気のみを圧縮するのでノッキングを起こしにくいこと[注 2]、さらに燃料噴射後の燃料が気化熱を吸収することで筒内温度がポート噴射に比べ下がることによる。その結果、全回転域でのトルクを高められ、高効率すなわち低燃費と出力向上との両立が実現しやすい。燃料消費削減と高出力&軽量化の両立が出来る事からレース用エンジンとしての採用も増えつつあり、例えばトップカテゴリーであるF12014年からのパワーユニットは、ガソリン直噴のV型6気筒1.6 Lシングルターボエンジンを使用するものに限定されている。
ダウンサイジング
上記の耐ノック性を活かしたものとして、過給機を利用したエンジン排気量および気筒数の大幅削減が挙げられる。ドイツフォルクスワーゲンの主軸となっているダウンサイジングコンセプトTSI)がこの代表例である。排気量・気筒数を少なくして機械損失を減らしたガソリン直噴エンジンにターボチャージャーなどの過給機を組み合わせることで、大排気量の自然吸気エンジンと同等の動力性能を確保したまま巡航時の燃費を向上させるエンジン設計が、この方式の肝となっている。類似点が多いディーゼルエンジンも過給機との相性がよく、ディーゼルエンジンのノウハウに卓越しているヨーロッパメーカーらしいエンジンとも言える。なおポート噴射エンジンでも過給吸気は可能であるが、ノッキング対策による効率(圧縮比)低下と熱問題のための無駄な燃料消費とにより、燃費向上を狙ったダウンサイジングコンセプトを成立させることは難しく、ガソリン直噴エンジンならではの技術と言える。詳細は「ダウンサイジングコンセプト」を参照
排気ガス低減
ポート噴射エンジンと比べ、エンジン始動直後の冷間時には燃料の気化・霧化に優れるため、排気ガス低減に寄与する。またポート噴射よりも直噴の方が排気温度の制御が行いやすいため、冷間時の触媒の温度上昇を速めるように制御できることも、排気ガスの有害成分低減に寄与する。
欠点
製造費用が高い
高温・高圧に耐える、噴霧を最適化した専用のインジェクターや高圧の噴射ポンプ、特殊な形状(冠面がくぼんだ)の
ピストンなどを必要とするため、エンジン全体の製造に必要な費用が上がる。なお、熟成が進んだポート噴射式の燃料噴射装置はこの限りではなく、現在では安価に生産できる。
煤による不具合

排気ガス悪化
筒内で混合気を作り出す関係で、ポート噴射エンジン以上に霧化が難しく、結果として高圧多孔インジェクターで強制的に霧化させている。ポート噴射エンジンでは、液体のままポート壁面に付着した燃料も時間をかけて気化がされるが、直噴エンジンでは燃料噴射後に気化する時間が十分にないため、黒煙発生の元となる。通常のガソリンエンジンに比べ、ガソリン由来のPM2.5(粒子状物質)の排出量が5 - 10倍以上あるため、対策が必要とされている[1]。2019年の国土交通省の発表によると、その量はディーゼルを凌ぐという[2]。また下記のようなすす(カーボン)由来の問題を発生させる。
オイル汚れ
上記のススの一部は燃焼室内に残留してエンジンオイルによって回収されるためオイル汚れが激しいので、ポート噴射式に比べてオイル交換サイクルを短くしたほうがよい。実際、GDIエンジンが登場した当時は現在のオイルほど清浄分散剤(すすなどを微粒化させる)の添加量がなかったために、主にこの配合量を増やした「GDIエンジン専用オイル」なるものが三菱のGDI車用純正オイルとして使用されていた。この問題と三菱の不祥事が起因する経営不振が、GDIを主力エンジンとするプロジェクトを頓挫させる原因となった。現在一般的に販売されている規格のオイル(SJ以上)ではどのオイルを使ってもほとんど問題はない。BMWフォルクスワーゲンでは、メーカー指定オイルを使用する場合に限り、他のガソリンエンジン同様の長期交換[注 3]を指定している。
燃焼室内における煤の堆積
ポート噴射式エンジンに比べて、シリンダー内にガソリンの燃えカスが溜まることが多い。40:1を超える超希薄燃焼ではすすが発生しやすく、その煤がインジェクターノズルに付着すると適正な燃料噴射ができなくなることが主な原因である。さらに、ポート噴射式に比べ燃料噴射のコントロールがシビアで、燃料の噴射量や噴霧形状が狂うと更に煤が発生しやすくなるという悪循環が発生してしまう。
吸気系における煤の堆積
吸気側への燃焼ガスの吹き返し(主にオーバーラップ時に発生)により、インテークマニホールド - 吸気バルブ間にカーボンが堆積する。通常のポート噴射エンジンでは、オーバーラップによる吹き返しなどでインテークマニホールド - 吸気バルブ間に堆積したカーボンを、噴射された燃料が洗い流し、混合気と一緒に吸い込み燃焼する。しかし直噴エンジンではマニホールドからバルブまでの間には燃料が噴射されず、たとえ燃料添加剤やハイオクガソリンを使用してもこれらで謳われるインテークマニホールド - バルブ間の洗浄作用は働かず、この間に付着した汚れを落とすことはできない[注 4]。このため吸気系にカーボンがより堆積し易く、渦流生成用バルブにカーボンが付着してバルブが故障し、必要な渦流が発生しないため燃料がうまく空気と混合せず異常燃焼を起こしたり、点火プラグが燻るなどしてエンジン不調に陥る事例もある。また、バルブとバルブシートの当たりが悪くなり、極端なパワーダウンなど、燃焼室が密閉されないことで発生するトラブルも起こりうる。
燃焼安定性の悪化
燃焼室内に煤が付着すると燃料の気化速度が狂ってしまう。主な症状としてはエンストアイドリングの不安定、異常な黒煙、不安定なエンジン音、出力の低下、燃費の悪下などである。新型のエンジンでは、ピストントップと燃焼室形状の最適化や、インジェクターの改良、フィードバック制御の高度化などによりそれらの症状が出ることは少なくなったが、いまだに耐久性や信頼性、整備性にはいささか疑問が残る。例えば、日本国内では直噴を採用しているモデルでも、海外向けではポート噴射としている例がある。主に整備性や、仕向け地の排出ガス基準でそのような変更を行っているようである。
ノイズ
ガソリン直噴エンジンに欠かせない高圧インジェクターが、ノイズを発する。ガソリンエンジンの場合、元来騒音が少なく、その音が目立ってしまう。車室内ではほとんど聞こえないが、車外で聞くとカタカタ、カチカチという耳につく音となる。エンジンによってはディーゼルエンジンに近い音が聞こえる場合がある。この問題は共通点が多いディーゼルエンジンも同様であるが、インジェクターの改良やエンジンルームの遮音・吸音材である程度は改善されている。
逆回転
詳細は「ディーゼルエンジン#逆回転運転」を参照ガソリン直噴エンジンは燃料装置が4ストロークディーゼルエンジンに類似している為、変速機を前進ギアに入れたまま車体を後退方向に空走させるなどの方法でクランクシャフトを逆回転させると、エンジンが逆回転を起こす可能性がある。電子制御式燃料噴射の場合はECUの内部にフェイルセーフ機構を組み込む事でこれを防ぐことが可能であるが、メルセデスベンツ・300SLのように機械式燃料噴射の場合、点火スイッチを切るだけでなくギアを入れたままブレーキを踏んでクラッチを繋ぐ等の方法で回転を強制的に止めない限りはランオンの併発で逆回転状態が停止できない可能性もある。実際に、300SLはエンジン停止の瞬間に逆回転が始まる可能性と、その対処方法が操作マニュアルに明記されていた[4]。しかしこのような機構上の特性は問題ばかりではなく、利点として活用される場合もある。マツダアイドリングストップシステムであるi-stopは、アイドリング状態のエンジンが停止する寸前に圧縮工程に入ったシリンダーのみに燃料を噴射して過早点火し、瞬間的な逆回転を引き起こすことでスターターモーターを用いない再始動に適したピストン位置を実現している[5]
歴史

世界初の実用筒内直噴ガソリンエンジンとしては、第二次世界大戦中においてドイツメッサーシュミットMe109用に開発された航空機用エンジンJumo 210Gがある。現代の自動車用エンジンとは異なり、主目的は、高G下での燃料の安定供給と、過給機による高ブースト圧状態での高出力化のためであった。この技術はドイツのボッシュが世界に先駆けて完成させた、ディーゼルエンジン無気噴射システムの応用である。その後ダイムラー・ベンツにより開発されたDB 601エンジンがMe109に搭載されたため、直噴ガソリンエンジンとしてはこちらのほうがより有名である。またこのエンジンは日本でもライセンス生産 (川崎 ハ40、愛知 アツタ)されている。航空機用エンジンで自動車用エンジンに先んじて実用化できたのは、航空機は自動車と比較してエンジンのスロットル操作の頻度が極めて少ないからである。

これを自動車用としたものが、戦後の1954年メルセデス・ベンツ・300SLに搭載されている。ただし明らかに当時の技術では無理があり、燃料ポンプは点火を止めてもエンジンが停止するまでガソリンを噴射しつづけたため、シリンダの壁面からオイルが洗い流されてしまい、頻繁なオイル交換が必要になるという問題が生じた。

1990年代以降は電子制御スロットルの技術が確立したため、三菱自動車工業のGDIを先駆けとして、各メーカーが次々と直噴エンジンを投入する事となった。三菱以外にはトヨタ自動車のD-4、本田技研工業のi-VTEC I、日産自動車のNEO Di、マツダDISI TURBO/DISI、欧州ではフォルクスワーゲングループのFSI/TSI、メルセデス・ベンツのCGI、アルファロメオのJTSなどがある(アルファロメオJTSは三菱自動車からの技術供与によってGDIエンジンを元に開発されたもの)。

これらは初期はリーンバーン(希薄燃焼)を前提としていたため不具合や煤の問題が多く発生したが、その後技術の進歩で00年代半ばにはストイキ(理論空燃比)での直噴も可能となり弱点を克服していった。

特に海外では2000年代以降、年々厳しくなる排ガス規制や燃費基準に対応するために、均質燃焼タイプの直噴エンジンを採用するメーカーが増えてきている。また大排気量自然吸気エンジンを小排気量過給器付きエンジンに置き換えて、パワーと燃費をバランスさせる動き(ダウンサイジングコンセプト)が欧州メーカーを中心に一般化したが、その際過給器との相性が良く燃費の向上も図ることが出来る直噴技術は必要不可欠なものとなってきている。日本でも2010年代半ばからダウンサイジングコンセプトを受けた小排気量過給器付きエンジンを搭載した車種が多数登場し、今では欧州同様大衆車から高級車まで展開されている。

一方で排ガス規制等との兼合いや、メンテナンスの難しさ(カーボン発生による不具合の頻発)などから、ポート噴射再評価の機運もある。メーカーによっては直噴とポート噴射を併用し、ポート噴射でノッキングを起こさない程度の燃料を予混合し均質化した空気をシリンダーに吸入させ、シリンダー内のインジェクタノズルによって噴射した微量の燃料に点火することによって燃料を完全燃焼させるという方法で直噴エンジンの燃費のよさを活かしつつ、カーボンの発生を抑えるという工夫を凝らしている。またいわゆるストロングハイブリッドにおいては、走行中のエンジンの停止時間・再始動が多いためPMを発生させやすいこと[6]、直噴を用いずとも十分な燃費とパワーを得られることから、ポート噴射を用いるのは古くから一般的である。

日本メーカーの動向としては、日産では一時は大排気量エンジンに直噴を積極的に採用していたが、排出ガス規制に適合するため一時期ラインナップから消滅、その後技術的進歩などによって再び採用を始めている。トヨタでは以前は一部車種の一部グレードに限定して直噴エンジンを搭載していたが、現在は主力ミニバンコンパクトカーのコンベンショナルモデルにも広く展開している。また12代目クラウンなどに搭載されるGR型V型6気筒エンジンではポート噴射と直噴を併用するD-4Sを採用し、2010年代後半のダイナミックフォースエンジンの展開以降は2.0L以上のエンジンにD-4Sを広く採用している。レクサスブランドの車種でもGR型およびUR型エンジン、ダイナミックフォースエンジンを搭載したモデルは、信頼性が優先されるLXGXを除きD-4Sを採用している。

マツダでは、直噴の制御性の高さを利用したアイドリングストップシステム「i-stop」、またミラーサイクルとの掛け算で圧縮比14:1を実現したSKYACTIV-Gなど積極的に展開しており、現在ではスポーツカーロードスターも含めた全ての自社製乗用車が直噴エンジンとなっている。


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