ハドロサウルス科(ハドロサウルスか、Hadrosauridae)は、中生代白亜紀の北半球に繁栄した恐竜の分類群である。鳥盤目 - 鳥脚亜目に分類され、分類学においては科の階級が与えられている。カモノハシ恐竜、カモハシ竜としても知られ、鴨のように長く平たい口吻部が特徴的な草食恐竜が属する。 ハドロサウルス科は北アメリカで認識された最初の恐竜の科であり、その起源は1855年-1856年に発見された数本の歯の化石に基づきジョゼフ・ライディ (Joseph Leidy) が創設したトラコドン (Trachodon) とテスペシウス (Thespesius) の各属に遡ることができる(このとき他に獣脚類のトロオドン (Troodon) とデイノドン (Deinodon)、曲竜のパレオスキンクス (Plaeosucincus) 属も創設された)。その一つの種はトラコドン・ミラビリス (Trachodon mirabilis) と命名された。現在ではトラコドン属は角竜類を含む混ざり物の属であり有効でないと考えられている。これらの歯はアマチュア化石収集家のウィリアム・パーカー・フォーク (Willium Parker Foulke) にちなんでライディが命名したハドロサウルス・フォウルキー (Hadrosaurus foulkii) と関連付けられた。多くの歯が見つけられるにつれてさらに多くの(現在では廃れた)属が設立される結果になった。 次に見つかったハドロサウルス科の化石はエドワード・ドリンカー・コープによって1883年に発掘され、ディクロニウス・ミラビリス (Diclonius mirabilis) と命名された。コープはトラコドン・ミラビリスに賛成しており不正確にも自身の発見した恐竜にこの種名を採用した。属名は、ライディが既にトラコドンの有効性を放棄していたためにコープ自身が他の恐竜の断片的な化石に基づいて創設したがもはや誰も使用していなかったディクロニウスをあてた。しかし、トラコドン属は他の定義が明確でない属名と共に広く使用され、コープがディクロニウス・ミラビリスと名付けた標本はアメリカ自然史博物館 (AMNH) にトラコドン類の恐竜とラベルされて展示された。それゆえカモノハシ恐竜の科はトラコドン科 (Trachodontidae) と名づけられた。 非常に保存状態のよい完全なハドロサウルス科の標本(今日ではエドモントサウルス・アンネクテンスとされている)は1908年に化石収集家のチャールズ・ヘイゼリアス・スタンバーグ (Charles Hazelius Sternberg) とその息子たちによってワイオミング州のコンヴァース郡で発見された。この標本は“トラコドンのミイラ”として知られている。皮膚はいくらかの筋肉と共にほぼ完全な形で保存されており、1912年にヘンリー・フェアフィールド・オズボーン によって分析された。スタンバーグはコープとオスニエル・チャールズ・マーシュとの有名な新種命名競争においてはコープ陣営側の人物であり、この発見は化石戦争 (Bone Wars) においてはコープの勝利となった。 ローレンス・M・ランベ (Lawrence M Lambe) はカナダ、アルバータ州エドモントン累層での発見から1917年にエドモントサウルス属(エドモントンのトカゲ)を創設した。 ハドロサウルス科の分類は混乱していたが、1942年にリチャード・スワン・ルル(Richard Swann Lull) とネルダ・ライト (Nelda Wrigh) によるアナトサウルス (Anatosaurus、鴨のトカゲ)属の提案で整理され、AMNHにあるコープの有名な標本はアナトサウルス・コペイになった。しかし1975年にアナトサウルス属はエドモントサウルス属に移された。
発見の歴史