カディロフツィ
Кадыровцы
活動期間1999年 ?
国籍 ロシア
忠誠チェチェンの首長
軍種ロシア内務省→ロシア国家親衛隊
表・話・編
カディロフツィ (ロシア語: Кадыровцы, tr. Kadyrovcy)は、ロシア連邦チェチェン共和国を事実上統治する準軍事組織で、チェチェン共和国首長であるラムザン・カディロフの私兵である。目次 1994年にチェチェンの独立派武装組織として誕生した。アフマド・カディロフの下で第1次チェチェン戦争でロシア軍と戦ったが、1999年の第2次チェチェン戦争においてアフマドはロシア側に亡命。2000年7月にチェチェン大統領に就任した後、チェチェン・イチケリア共和国の分離主義者やイスラム過激派との戦いを始めた。カディロフは2004年に暗殺され、民兵の指揮は彼の息子であるラムザン・カディロフに引き継がれた。 規模は2万人超であり、2016年にロシア国家親衛隊に移管される以前はロシア内務省の統制下にあった。チェチェン領内で活動するOMONやSOBRのようなスペツナズ[1]のメンバーはカディロフツィから選ばれている。 装備の大半はAK-74のようなロシア製だが、スペツナズはグロック17、FN P90、M4カービンなども一部使用する。また小銃だけでなく装甲車両も有する。 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻に際し、カディロフツィによって構成されたロシア国境軍第141連隊がキエフ近郊のホストーメリ空港攻撃に参加したがウクライナ軍の反撃により殲滅され、司令官マゴメド・ツシャエフも戦死した[2]。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領暗殺計画や[3]、ザポリージャ原子力発電所侵攻に関わったという情報もある[4]。 カディロフツィには戦間期に犯罪をしたことがある者がかなり多いことが指摘されており、チェチェンで活動する人権活動家は、このグループがカディロフの藩閥支配を強固にするために殺人、拷問、誘拐に深く関わっていると述べている[5][6]。さらにはそれらの残虐行為に加えて強盗、多額の身代金請求など金銭目的の犯罪もしていた[7]。 また、アル・アルハノフ元大統領への襲撃や、FSB(ロシア連邦保安庁)と合同で行ったアブドゥル=ハリーム・サドゥラエフへの暗殺など、敵対勢力へのテロ攻撃が指摘されている。
1 概要
2 人権問題
3 関連項目
4 脚注
概要
人権問題
関連項目
アフマト・カディロフ名称特別任務民警連隊 - チェチェン内務省所属の特殊部隊で、ラムザン・カディロフの私兵。
セーヴェル大隊 / ユーク大隊 - ロシア国内軍に所属するラムザン・カディロフの私兵。
脚注^ ⇒KADYROV TAKES OVER SPECIAL-POLICE UNIT Archived
^ Russian invasion update: Ukrainian military destroy Kadyrov forces unit near Hostomel
^ “Ukraine's Zelensky nearly assassinated three times this week - report”. THE JERUSALEM POST. (2022年3月4日). https://m.jpost.com/international/article-699357
^ “Ukrainian nuclear operator says management at seized plant is ‘working at gunpoint’”. NEW YORK POST. (2022年3月4日). https://nypost.com/2022/03/04/leaders-at-seized-ukrainian-nuclear-plant-working-at-gunpoint/amp/
^ ⇒RIGHTS ACTIVISTS: KADYROVTSY ARE CHECHNYA'S MAIN PROBLEM Archived August 9, 2007, at the Wayback Machine.
^ “Widespread Torture in the Chechen Republic: Torture by units under the effective command of Chechen Prime Minister Ramzan Kadyrov”. 2015年2月6日閲覧。
^ ⇒チェチェン紛争?日常と非日常の共存[リンク切れ] pan-dora.co.jp, 2011年9月18日閲覧。
更新日時:2022年3月13日(日)14:48
取得日時:2022/03/20 06:20