カウンティング・クロウズ
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カウンティング・クロウズ
Counting Crows
カウンティング・クロウズ(2008年)
基本情報
出身地 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンフランシスコ
ジャンルロック
活動期間1991年 (1991) -
レーベルゲフィン・レコード
公式サイト ⇒http://www.countingcrows.com

メンバーアダム・デュリッツ
デヴィッド・ブライソン
チャールス・ギリングハム
ダン・ヴィッカリー
デヴィッド・イマーグルック
ジム・ボギオス
ミラード・パワーズ

旧メンバースティーヴ・ボウマン
ベン・マイズ
マット・マリー

カウンティング・クロウズ (Counting Crows) は、1991年アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコで結成されたロックバンド。アダム・デュリッツを中心として作曲される歌は、平凡な人生で感じる想いが題材とされることが多い。
略歴
バンド結成期アダム・デュリッツ

サンフランシスコ・ベイエリアのローカル・バンドであるヒマラヤンズのボーカルであるアダム・デュリッツと、プロデューサー兼ギタリストのデヴィッド・ブライソンで、1991年にサンフランシスコでカウンティング・クロウズを結成した[1]。カウンティング・クロウズは最初のうちはアコースティック・デュオであり、バークレーやサンフランシスコの周辺でギグを行った。時々、彼らの友人のギタリストであるデヴィッド・イマーグルック(後に正式メンバーとなる)や、地元の他のミュージシャンも参加した。それらのミュージシャンがこのバンドに参加したことにより(イマーグルックは他のバンドのメンバーを務めていたため、カウンティング・クロウズ加入は辞退した[2])カウンティング・クロウズはデュオからフル・バンドへ転換し、デモをいくつか録音した。

1993年までに、バンド・メンバーは次のように固定された。デュリッツがボーカルと時々ピアノ、そして主なソングライターを担当し、ブライソンがギター、マット・マリーがベース、チャールス・ギリングハムがキーボード、スティーヴ・ボウマンがドラムスである。同じ年、バンドはゲフィン・レコードと契約した。1993年1月16日、このバンドはまだ無名だったにもかかわらず、ロックの殿堂のセレモニーでヴァン・モリソンの代役として出席し、ロビー・ロバートソンから熱心に紹介された。セレモニーでは、バンドはヴァン・モリソンの「キャラヴァン」を演奏した[3]
『オーガスト・アンド・エヴリシング・アフター』ダン・ヴィッカリーとデヴィッド・ブライソン

カウンティング・クロウズは最初からライブでのパフォーマンスを重視した。そして、1993年の後半にT・ボーン・バーネットがプロデュースした1stアルバム『オーガスト・アンド・エヴリシング・アフター』を発表した。1stシングルの「ミスター・ジョーンズ」(Mr. Jones) は、デュリッツの幼馴染のマーティ・ジョーンズ(ヒマラヤンズのベーシスト)とケニー・デール・ジョンソン(クリス・アイザックのバンドであるシルヴァーストーンのドラマー[4])をモデルにしたもので、彼らのビッグになりたいミュージシャンの夢をデュリッツは楽しんで歌った。しかし、その数ヵ月後となる1993年12月[5]MTVがこの曲のビデオを再生し始めたことをデュリッツは知らなかった。そして予想外の大ヒットとなり、バンドを一躍スターダムにのしあげた。『オーガスト・アンド・エヴリシング・アフター』はニルヴァーナの『ネヴァーマインド』以来の最速で売れたアルバムとなった[6]。このアルバムは700万枚も売れたが、この成功がバンドに被害をもたらした。ドラマーのスティーヴ・ボウマンはバンドを去り[7]、デュリッツは神経衰弱で苦しむことになった[8]
『リカヴァリング・ザ・サテライツ』と『ディス・デザート・ライフ』

1995年はバンドはギグを2回のみこなし、デュリッツは2ndアルバム『リカヴァリング・ザ・サテライツ』に入る楽曲の制作を行った[8]。1996年10月15日に発表されたこのアルバムでは、1994年前半からバンドに参加していたセカンド・ギタリストのダン・ヴィッカリーがバンド・メンバーに追加された。「ミスター・ジョーンズ」がもたらせた突然の人気に対する不安を、このアルバムに収録された「Have You Seen Me Lately?」や「Recovering the Satellites」で歌っている。このアルバムは「人気によって破壊された家族や社会生活、心を元通りにしようとするためのお粗末なコンセプト・アルバム」と評された[8]

1997年7月、デュリッツは声帯を痛めてしまい、いくつかのギグをキャンセルした。そして回復させるためしばらく休んだ後、ニューヨークハマースタイン・ボールルームでライブを行った。このコンサートの模様が、2枚組ライブ・アルバム『アクロス・ア・ワイアー / ライヴ・イン・ニューヨーク』として、1998年6月に発表された。

1999年、カウンティング・クロウズはウッドストック 1999で演奏した[9]。同じ年、バンドはアルバム『ディス・デザート・ライフ』を発表し、その収録曲の「Hanginaround」と「Colorblind」は映画『クルーエル・インテンションズ』でも使用された。また、このアルバム発表後で、アルバムのためのツアーの前に、長年の友人デヴィッド・イマーグルックがバンドの正式メンバーとなった。
『ハード・キャンディ』とベスト盤ミラード・パワーズ

2002年7月9日、バンドは4枚目のスタジオ・アルバム『ハード・キャンディ』を発表した。このアルバムにはジョニ・ミッチェルの楽曲「Big Yellow Taxi」のカバーも収録されている。その曲はヴァネッサ・カールトンがシングル・エディットでバック・ボーカルとして参加し、映画『トゥー・ウィークス・ノーティス』のサウンドトラックに収録されている[10]

『ハード・キャンディ』のツアー中、ドラマーのベン・マイズは家族との時間を過ごすためバンドを脱退した。そして、新たなドラマーには、ベン・フォールズシェリル・クロウのドラマーをつとめたジム・ボギオスが加入した[11]。ツアー終了後、長年ベーシストをつとめたマット・マリーがバンドを去り、代わりにミラード・パワーズが加入した。

カウンティング・クロウズは、ベスト・アルバムである『Films About Ghosts (The best of...)』を2003年11月に発表した。

2004年にはアニメーション映画シュレック2』のサウンドトラックに、楽曲「Accidentally in Love」を提供した。この曲はアカデミー賞にノミネートされて演奏が行われた[12][13]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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