オーディ・レオン・マーフィ
Audie Leon Murphy
生誕 (1924-06-20) 1924年6月20日
テキサス州ハント郡キングストン
死没 (1971-05-28) 1971年5月28日(46歳没)
バージニア州ロアノークまたはカタウバ
オーディ・レオン・マーフィ(Audie Leon Murphy 1924年6月20日 - 1971年5月28日)は、アメリカの軍人、映画俳優。第二次世界大戦中にはアメリカ陸軍の軍人として多数の勲章を受章し、1945年7月16日のLIFE誌で「最多受章兵士」("Most Decorated Soldier")として表紙を飾ったことにより有名になった。戦後は映画俳優に転じ、20年以上にわたり44本の映画に出演した[1]。またカントリー・ミュージックの作曲家としても成功を収めている。
西部戦線[2]における17ヶ月の勤務の間、彼はアメリカにおける最高級軍事勲章である名誉勲章を受章したほか[2][3]、フランスやベルギーを始めとした諸外国からのものも含めて32つの勲章等を受章している[4][5]。また1955年に公開された自伝的映画『地獄の戦線』(To Hell and Back)は、1949年に出版された同名の著書に基づいている[2][6]。
1971年、航空事故によって46歳でこの世を去った。彼は軍葬をもってアーリントン国立墓地に葬られた[4][2][5]。目次
1 第二次世界大戦まで
1.1 幼少期
1.2 入隊
1.3 戦争へ
1.3.1 名誉勲章の受章
2 軍人としての受章歴
2.1 名誉勲章の勲記
2.2 受章歴
2.3 階級
3 映画俳優として
3.1 最初の主演映画
3.2 初期の出演作
3.3 自伝的映画『地獄の戦線』
3.4 様々な役へ
3.5 1960年代
3.6 フィルモグラフィ
4 パーソナル
4.1 戦後の病気
4.2 家族
4.3 金銭のトラブル