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オマー・ハキム
Omar Hakim
オマー・ハキム(2012年)
基本情報
生誕 (1959-02-12) 1959年2月12日(65歳)
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク
ジャンルジャズ、フュージョン、ポップス、ファンク、ロック
職業ミュージシャン、音楽プロデューサー、編曲家、作曲家
担当楽器ドラム
活動期間1980年 -
共同作業者マイルス・デイヴィス
マーカス・ミラー
デイヴィッド・サンボーン
ウェザー・リポート
ハービー・ハンコック
ウェイン・ショーター
スタンリー・クラーク
スティング
ダフト・パンク
マイケル・ジャクソン
マドンナ
ケイト・ブッシュ
ダイアー・ストレイツ
ジャーニー
デヴィッド・ボウイ
ブライアン・フェリー
シンケイン
ジョン・スコフィールド
ナイル・ロジャース / シック
グレイト・ジャズ・トリオ
レイチェルZ
公式サイト ⇒omarhakim.com
オマー・ハキム(Omar Hakim、1959年2月12日 - )は、アメリカのドラマーである。
ニューヨーク生まれ。父親は、デューク・エリントンやカウント・ベイシーなどのスウィング・バンドでトロンボーンを吹いていたハサーン・ハキム(Hasaan Hakim)。幼い頃から演奏を始める。マーカス・ミラーとは、少年時代からの友人。甲高い音にチューニングしたスネアドラム、手数の多いドラミング、他の演奏者と「一緒にグルーブしたい」志向が特徴。最近使用しているエレクトリックドラムは、ローランド製。 ジャズ、リズム・アンド・ブルース、フュージョン系のドラムを叩くドラマーとして、ジャンルを問わず多くのミュージシャンのレコーディング、セッションライブに参加してきた。 ウェイン・ショーター、渡辺香津美、及川光博、キャロル・キング、佐野元春、ジョージ・ベンソン、ジョー・サンプル、ジョン・スコフィールド、スタンリー・クラーク、槇原敬之、SMAP、嵐、デイヴィッド・サンボーン、ハービー・ハンコック、マーカス・ミラー、マイルス・デイヴィス、吉田美和、リー・リトナー、マドンナ、大黒摩季、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオンほか多数。
略歴
5歳の頃、叔父からクリスマス・プレゼントで貰った子供用の太鼓を叩き始める。
10歳の頃、父親のバンドで演奏する。
15歳の頃、初めてのツアーに出る。
1980年、マイク・マイニエリに出会い、マイクがプロデュースするカーリー・サイモンのバンドのドラマーに。同年渡辺香津美のTochikaツアーでマイク・マイニエリ、マーカス・ミラー、ウォーレン・バーンハートと共に来日公演を行っている。
1982年、ウェザー・リポートのドラマーとなる(1985年解散)。
1983年、渡辺香津美のアルバム『MOBO』にマーカス・ミラー、マイケル・ブレッカーと共に参加。
1980年代、最初の市販ドラムマシン(The Linn Drum Machine、ロジャー・リン(Roger Linn)製作)を手に入れ、ミュージシャンとしての活動の幅の内に入れていく。エレクトロニクス・テクノロジーは、ドラマーの世界に変化をもたらした。
ナイル・ロジャースとの縁で、デヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』 (Let's Dance) のレコーディングに参加。
スティングの『ブルー・タートルの夢』 (The Dream of the Blue Turtles) のレコーディングに参加。
ダイアー・ストレイツの『ブラザーズ・イン・アームス』 (Brothers in Arms)のレコーディングに参加。
1991年、1992年 - ライブ・アンダー・ザ・スカイに出演。
2004年、ローランド 『サウンド・スパーク 2004』 V-Drums SUPER SESSION に参加。
2006年、2010年、東京JAZZに出演。2010年には『Tochika 2010』として渡辺香津美と再競演している。
2012年 2月末-3月にMiles Davis' Alumni Super Sessionの一員としてロベン・フォード、ダリル・ジョーンズらと ビルボードライブ東京で公演を行っている。
2015年 同年6月20日-8月3日までドメスティックバイオレンスの容疑で逮捕されたジャーニーのドラマー、ディーン・カストロノヴォのピンチ・ヒッターとして、アメリカ国内及びカナダツアーの代役を務める。
概要