エレシュキガル (Ereshkigal) は、メソポタミア神話に登場する冥界の女神[1]。名前はアッカド語で「冥界の女王」を意味し、「日没するところの女王」とも称される[2]。冥界神の祭儀の中心地である「クター
(英語版) (Cuthah)[注 1]」を主な信仰地とし、クタの守護女神を任されていた[2]。一般的にはシュメール名である「エレシュキガル」と呼ばれるが、他のシュメール名ではニンキガル[3]、またアッカド名では「アルラトゥ」と読まれることもある一方で[4]、神話によっては「イルカルラ」や「ベリリ」であるなど[5]、名前の表記が様々である。 エレシュキガルは天空神であるアヌ、もしくは大気神のエンリルを父に持つとされ、イシュタル(シュメールのイナンナ)の姉に当たる[2]。姉妹はそれぞれ、死と生という対極の属性を司ることから対立関係にあり、仲は良くない[2]。配偶神は後代において、疫病と死を司る冥界神ネルガルをいただくようになるが、古来は「天の牛」もしくは「アヌの凶暴な牛」を意味する「グガルアンナ」を配偶者としていた[2]。 エレシュキガルは60の病気で人を殺すという疫病神且つ冥界の首相ナムタル
親族
神性
ただしシュメール・アッカドにおける祭儀や神事の執り行いとは、他の宗教に見られるような神々との合一や愛を得るためではなく、あくまで神への奉仕、神の暮らしを良くするためのものだった[2]。古代メソポタミアの創世神話にあるように、人間たちは所詮、神々の労働を肩代わりする存在でしかなかったからである。 エレシュキガルが支配する冥界とは、シュメール語の言語「KUR NU GI A(クル ヌ ギ ア)」(アッカド語で読むと「irusitu la tari」)を直訳した、「戻ることのない土地」または「不帰の国」である[4]。冥界はエアが司る潤った領域アプスーの下(もしくは西方の彼方)に「クル(冥界)」があると信じられ、そこへ辿り着くには7つの門とシュメール版「三途の川」に当たる「人を食う河(フブル川)」を、「渡し船の人」の導きによって向かう所だと考えられていた[6]。そんな冥界での暮らしはと言えば、『ギルガメシュ叙事詩』や後述の『イシュタル / イナンナの冥界下り』における描写からして、食物は粘土で埃が御馳走、住む者たちは翼のようなものが付いた着物を着て、暗く乾燥した世界で光を見ることもないという酷い世界だったようである[2]。 シュメール神話においても冥界は水の下(淡水であるアプスー神の水の下[7]、または「大地の甘い水の下[8]」)にあり、乾燥した塵ばかりの場所だと説明されている[8]。エレシュキガルはそこを支配する「死の女主人」とされているが[8]、アヌの娘であるにもかかわらず自国である冥界に神々を迎えなかったことから、他の神々から疎外されてしまっている。 他、エレシュキガルは地上から冥界にやって来た死人を食べるために死者を呼び込むべくナムタルを度々地上に送っては、人間たちの間に60種類の病気を広めさせたという。また、この神話世界におけるエレシュキガルは、底無しの性欲を持つと言われている[7]。 エレシュキガルはその名が示す通り「冥界の女王」であったが、後代における女王としての権力はネルガルに引き継がれ、エレシュキガルは彼の配偶神としての側面が強く出るようになった。バビロニア神話(アッカド神話)でもエレシュキガルは同じ名前、同じ役割で登場し、ネルガルの妻と伝えられている[1]。 以下に示す『ネルガルとエレシュキガル』は新アッシリア版とアマルナ版と言う2つの文書が知られ、エレシュキガルに代わり冥界がネルガルの領土となるまでの様子が情感たっぷりに描出されており、関連エピソード含め、内容としては似ているようで結末に至るまでの過程が少し異なる物語となっている[9]。 あるときアヌは、カカという使者をエレシュキガルの元に遣わし、毎年恒例の宴会の席のご馳走を持ち帰るように伝えた。冥界と地上の神々はお互いの領域を行き来することを禁じられていたため、エレシュキガルではなくナムタルが地上を訪れる。しかし、はるばるやって来たナムタルを、戦と悪疫の神ネルガルが(おそらく外交的な問題に発展するほど)侮辱してしまった。
冥界での暮らし
ネルガルとエレシュキガル
新アッシリア版
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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