エバンズビル_(インディアナ州)
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エバンズビルのダウンタウン

エバンズビル(Evansville)は、アメリカ合衆国インディアナ州の都市。バンダーバーグ郡郡庁所在地である[1]。人口は11万7298人(2020年)[2]インディアナポリスフォートウェインに続く州第3の都市で、州南西部の商業、医療、文化の中心地である。インディアナ州・イリノイ州ケンタッキー州3州またがる都市圏人口は35万8676人(2010年)である。

市は大きく蛇行するオハイオ川中流域の北岸に位置し、River Cityという別名を持っている。現存するエンジェル・マウンズの近くに少なくとも紀元前8,000年にはマウンド・ビルダーと呼ばれる先住民が暮らしていた[3]。1812年、白人入植者がやってきて、1819年、町が形成された。この地域の経済基盤は安定性、多様性、存続性とされている。ニューヨーク証券取引所上場5社の本社およびNASDAQ上場2社がある。

エヴァンズヴィル大学は『USニューズ&ワールド・レポート』誌により中西部の地方大学で常に10位以内にランクされる小規模私立大学である。サザン・インディアナ大学は市境すぐ西に位置する、エヴァンズヴィル大学より規模の大きい公立大学である。ダウンタウンに位置するシグネチャー・スクールは全米の高等学校で常に10位以内にランクされるチャーター・スクールである。エヴァンズヴィル・ヴァンダーバーグ公立図書館も全米有数の図書館とされている。

この地域の最も人気のアトラクションはトロピカーナ・エヴァンズヴィルで、インディアナ州初の船型カジノである。Kiplinger により、全米で「住む、働く、遊ぶ」のに適した場所として、2008年に第1位に、2009年に第11位に選ばれた[4][5]
歴史

約200年前、移民により植民され、エヴァンズヴィルの町はオハイオ川の緩やかな馬の蹄鉄型の沿岸に形成された。もともとこの地にはミシシッピアン族のネイティブ・アメリカンが住んでいた。そこにフランス人入植者たちが住みつくようになり、オハイオ川の雄大さにより初期のフランス人探検家はこの地をフランス語で「美しい川」という意味であるLa Belle Riviereと名付けた。1812年3月27日、ヒュー・マガリー・ジュニアは定住のための土地を購入し、マガリーズ・ランディングと名付けた。1814年、人々の興味を惹くため、米英戦争ウィリアム・ハリソン少将の隊の将校ロバート・モーガン・エヴァンズ(1783年?1844年)に因んでエヴァンズヴィルと名付けた。1817年、マガリー、エヴァンズ、ジェイムス・W・ジョーンズは1814年の都市計画を大幅に見直した。1818年、ヴァンダーバーグ郡が制定され、エヴァンズヴィルが郡庁所在地となった[6][7]

蛇行するオハイオ川に面した地の利を生かし、エバンズビルは蒸気船による水上交通の要衝として、そして商業都市として栄えた。1819年には正式な町となり、1847年には市に昇格した。五大湖とオハイオ川を結ぶWabash and Erie Canal が建築され、都市は急速に発展した。1853年、この運河が完成し、同年、エヴァンズヴィルの最初の鉄道であるEvansville and Crawfordsville Railroad (E&CR)がテレホートまで開通した[7]。E&CRの創立者はカリフォルニア州サンディエゴの港を管理する半島にHotel del Coronado を設立した。彼は私有列車で友人達を招き、十二夜を祝ってからエヴァンズヴィルに戻った。なお、この新しいホテルは翌年の十二夜まで使われることはなかった。1890年国勢調査では、エバンズビルは全米第56位の人口規模を誇る都市へと成長した。しかし、1900年代以降はその順位は徐々に下がっていった[8]

1932年にはエヴァンズヴィルとケンタッキー州ヘンダーソンを結ぶ、オハイオ川を渡る最初の幹線道路橋がかけられた。1937年、オハイオ川が洪水を起こし、エバンズビルに大きな被害をもたらした。それに対し、郡および市では堤防やコンクリート製の壁、排水ポンプ場を建設して治水に努めた。

第二次世界大戦中、エバンズビルは戦車揚陸艦の内陸最大の製造所となった。またP-47Dsとして知られるP-47サンダーボルトの特別機の製造を行なっていた。この工場は後にWhirlpool の電化製品、主に冷蔵庫の製造工場として使われるようになった。これらの航空機はニューヨーク州ロングアイランドのFarmingdale でも製造されていた。エヴァンズヴィルの航空機の番号は末尾に「-Ra」が、ファーミンデイルの航空機には「-Re」が付けられていた。エヴァンズヴィルでは戦中、P47の約半数の6,242機が、167機の戦車揚陸艦が製造された[9]

1950年代初頭、製造業は急速に拡大した。1950年代も後半に入るとエバンズビルでも郊外化が進行していった。人口の流出により、商業はダウンタウンから郊外のショッピング・センターへと推移していった。1963年、インディアナ州初のモールとなるワシントン・スクエア・モールが開店した。

1970年代に入ると、エバンズビルは3州にまたがる都市圏の商業、医療、サービス業の中心地へと変遷した。1990年代には、サザン・インディアナ大学の発展に伴い、経済も再び上昇した。北郊のプリンストン市(Princeton)にトヨタ自動車が進出したり、AKスティールの工場や、オハイオ川に浮かぶインディアナ州初のカジノ船であるトロピカーナ・エヴァンズヴィル(旧カジノ・アズター)ができたりと経済の多様化が見られ、雇用に寄与するようになった。

2005年11月6日、エバンズビルで竜巻が発生し、死者24人を出した。エバンズビルの位置
地理および気候
地理

エバンズビルは.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯37度58分38秒 西経87度33分2秒 / 北緯37.97722度 西経87.55056度 / 37.97722; -87.55056(37.977166, -87.550566)に位置している[10]

アメリカ合衆国統計局によると、エバンズビル市は総面積115.57km2(44.62mi2)である。このうち114.35km2(44.15mi2)が陸地で1.22km2(0.47 mi2)が水域である。総面積の1.05%が水域となっている[11]

市の南端はオハイオ川に面している。市内のほとんどが浅い低地となっており、緩やかに起伏している丘陵に囲まれている。西側の丘の上にはバーデット公園、メスカー円形競技場、メスカー動物公園などがある。東側の一部は州間高速道路164号線の近くに堤防で守られた低地が発展した。他の著名な場所として、240エーカー(1.0km2)のウエセルマン森林自然保護区やエヴァンズヴィル南東ニューバーグとの間に位置するアメリカ合衆国国定歴史建造物のエンジェル・マウンズなどがある。エンジェル・マウンズは数百年前に使用されていた埋葬地とされている。

全米で142番目の規模のエヴァンズヴィル都市圏にはインディアナ州のギブソン郡ポージー郡バンダーバーグ郡ウォリック郡およびケンタッキー州のヘンダーソン郡ウェブスター郡が含まれる。エヴァンズヴィルから南東に30 miles (48 km) のケンタッキー州オーエンズボロは含まれない。この都市圏は「ケンタッキアナ」と呼ばれることもあるが、「トライ=ステイト」と呼ばれることが多い。
気候

エバンズビルの気候は1年を通して穏やかで、四季がはっきりとしている。冬の平均気温は摂氏0度前後である。夏は30度を越える。年間の降雨量は1,050mm、降雪量は33cmほどである。ケッペンの気候区分ではCfa(温暖湿潤気候)に属する。
経済


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