エチゼンクラゲ(越前水母、越前海月、学名:Nemopilema nomurai)は、鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科エチゼンクラゲ属に属するクラゲである。
概要触手
大型のクラゲの1種で、傘の直径 2 m・湿重量 150 kgに達するものもある。体色には灰色・褐色・薄桃色などの変異があり、人が刺されたという報告はほとんどされていないが、最近の研究では毒性が高めであることがわかった。
東シナ海・黄海・渤海から日本海にかけて分布する。ときに大量発生し、漁網を破るなどの被害を与えることがある。
大型の根口クラゲ類は分厚く歯ごたえのよい間充ゲル(中膠)組織を持ち、ビゼンクラゲなどとともに古くから中華料理などの食材として利用されてきた。日本で食用として利用されているクラゲ類には産出地域の旧国名ごとに和名が与えられており、ビゼンクラゲ(岡山県:備前国)、ヒゼンクラゲ(佐賀県:肥前国)と命名されている。
エチゼンクラゲには日本での食用加工の歴史がなく、出現海域も特に福井県(越前国)に限定されることなく日本海沿岸全域にわたるものであるが、1921年12月に福井県水産試験場から当時の農商務省の岸上鎌吉博士の元へ標本が届けられて、初めて他とは違う種類であることがわかったことと、ビゼンクラゲに似ていることから、この名がつけられた。種小名の nomurai は、当時の福井県水産試験場長・野村貫一の姓から取られた[2]。しかし、現在、福井県水産課は「エチゼンクラゲ」ではなく、「大型クラゲ」との言い換えを要請している[3][4]。
本来の繁殖地は黄海および渤海であると考えられており、ここから個体群の一部が海流に乗って日本海に流入する。対馬海流に乗って津軽海峡から太平洋に流入したり、豊後水道付近で確認されたりした例がある[5]。 学名は当初 Stomolophus nomurai とされていたが、のちに現在の Nemopilema nomurai に変更された。 和名である「エチゼンクラゲ」は、本種が初めて記録された福井県の旧国名「越前」に由来している。近年、大量発生した本種が日本の沿岸に来遊し、甚大な漁業被害が引き起こされた。これにより、「エチゼン」を関する名前は福井県のイメージを傷つけるという批判が相次いだことから、このクラゲを「大型クラゲ」と呼称するようになったとされる。前述の通り、福井県水産課が言い換えを要請しているのも、こうした背景がある。 紫色・赤黒色の体を持つビゼンクラゲは、有明海沿岸では「アカクラゲ」とも呼ばれるが、エチゼンクラゲもその体色から、「シロクラゲ
名称
生態人間とのサイズの比較天敵のウマヅラハギ。エチゼンクラゲを集団で襲い、2メートルあるクラゲを1時間ほどで食べてしまう
これまであまり生態が知られておらず、人間にとって、水産業に被害を与えるだけと長らく考えられていたが、2000年代以降の研究で、エチゼンクラゲが地球で果たしている役割が明らかになっている。生活史は既に知られている他の根口クラゲ類と同様である。エサは主に小型の動物性プランクトンと考えられており、毒を持つ触手で捕まえて食べる。ただし毒が弱く、魚の皮膚で防御されてしまうため、魚は捕まえられない。人間が刺されると、皮膚がかゆくなったり腫れたりすることがある。
エチゼンクラゲは体がベタベタしており、弱って泳げなくなると体の表面に細かいごみがまとわりつき、重くなって沈んでしまう。このような形で、地球の生物地球化学的循環(生物循環)に寄与している。
エチゼンクラゲにはしばしば魚が寄りついているが、相利共生ではなく一方的な寄生だと考えられている。京大フィールド研の2007年の研究では、エチゼンクラゲの約95%に魚が寄りついており、大部分がマアジの稚魚である[6]。毒のある触手の間をアジが隠れ家として利用しており、同時にエチゼンクラゲが集めたプランクトンを横取りしている(アジはクラゲを食べないようだ)。このような形で、アジはエチゼンクラゲとともに成長しながら旅をしていると考えられている。
またイボダイは隠れ家として利用しながら同時にエチゼンクラゲを捕食している。傘が破られると海底に沈んでしまい、貝・ヒトデ・カニなど海底の動物たちの餌食となる。このような形で、エチゼンクラゲが海底の食物連鎖に寄与する点も大きく、例えば、福井県では高級食材の「越前がに」として知られるズワイガニもエチゼンクラゲを捕食している[7]。
天敵としてカワハギ類があげられる。特にウマヅラハギは集団でエチゼンクラゲを襲うことが判明し、石川県のカワハギ漁の漁師がエチゼンクラゲをウマヅラハギ漁の餌として実験して効果が確認されている(当地ではカワハギというとウマヅラハギのことであり、ウマヅラというとウスバハギのことである)。