ウンバンダ
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祭壇(リオデジャネイロ)

ウンバンダ (Umbanda) は、1920年代に成立したブラジルの一神教の宗教である[1]
概要

カトリックの信者で霊媒だったゼリオ・フェルナンジーノ・デ・モラエス(Zelio Fernandino de Moraes)が率いた新興アフロ化宗教とカルデシズム(心霊術)の宇宙論を統合したニテロイの小グループに始まった[1][2]転生を信じ、最高神オロルン(英語版記事)のもと、至高神ザンビ(Zambiポルトガル語版記事)、黒人奴隷の賢者プレトヴェーリョ(Preto Velelhoポルトガル語版記事)、インヂオの狩人カボクロ(Cabocloポルトガル語版記事)、子供の霊クリアンサ(Criancaポルトガル語版記事)、欧州や東洋からの移民エシュ(Exu ポルトガル語版記事)[3]といったインディオ黒人奴隷の祖霊、カトリック聖人などを奉じ、信者に憑依した精霊・死霊の導きを受ける。積極的な生き方、儀礼や学習、慈善活動を通し、自身の霊的な向上、悩みや不調の解決、エスニックグループ・社会階級の融和を目指す[1][2]

この宗教の呼称は「無限の中の有限」を指すサンスクリットからとられているとする俗説もある。[3]この信仰体系は、16世紀以来砂糖プランテーションの労働力として主にアフリカ西海岸から連行させられた黒人奴隷の宗教、原住民インディオの宗教、カトリック、フランスのカルデシズム、東洋の宗教などの諸要素が混ざっており、グループによって各要素の採用の度合いが異なるため、各グループの独立性・自律性が高く、非常に多様である[1][2]。ポルトガルのカトリック教会が黒人奴隷たちの宗教を弾圧し、彼らが信仰を守るために自分たちの神とカトリックの聖人を結び付けたことから、ブラジルではアフリカ系宗教とカトリック系宗教が混合している。ウンバンダの神は、アフリカの神でありカトリックの聖人でもある。アフリカと先住民の崇拝重視、積極的な生き方の強調が大きな特徴である[1][2]モラエス

モラエスとその信者は、アフリカ発祥の教義と儀式(熱狂的なダンスや、特に動物供儀)を捨てて、カルデシズムにおけるカルマ、階層宇宙、精霊とのコミュニケーション、連続する転生による霊的進化の概念を取り入れ、スピリチュアル・ヒーリングを重視するようになった[2]。こうした取捨選択は、ブラジル系インディオの精霊・死霊カボクロ(7つの交差路のカボクロ、Caboclo das sete Encruzilhadas)の導きによるという[2]1918年、リオでカルデシズムの集会が開催された際に、モラエスがカボクロに憑依されたが、白人の霊より程度の低いインディオの霊であるという理由で集会から追放されたため、独立してウンバンダを興したと伝えられている[4]。つまり、インディオの死霊を指導霊に、アフリカの憑依儀礼を行ったカトリック信者によって始められたと考えられている[4]。ウンバンダは、ブラジルで奴隷制が解体し、黒人奴隷たちが自由になると共に社会的・経済的基盤を失ってアノミー状態になり、それまで秘密裏に行ってきたアフリカの憑依儀礼を表立って行うようになり、また近代化・都市化・工業化の流れに抵抗するエネルギーが高まり、アフロ・ブラジリアン・カルトの再編成の潮流となった時期に成立した[4]

この信仰においては、原始的なアフリカの宗教の白化と心霊術の黒化が交錯しており、正統派カルデシズムからはカルデシズムの「黒色化」、スーダンヨルバ文化の影響の強い伝統的カンドンブレからは、アフロ・ブラジリアンの宗教の「白色化」として批判的に見られてきた[1][2]カボクロ年長の奴隷

信者は地球を償いの場と考え、前世の罪を償い、キリストの教えに従って生きることを学び、知的に・道徳的に進化するために人は今ここにあると考え、道徳的進化のために慈善活動を行う[1]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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