ウエストジェット航空
WestJet Airlines Ltd.
IATA
WSICAO
WJAコールサイン
WESTJET
設立1996年2月29日
拠点空港アルバータ州 カルガリー
ハブ空港カルガリー国際空港
トロント・ピアソン国際空港
バンクーバー国際空港
焦点空港エドモントン国際空港
ウィニペグ・ジェームス・アームストロング・リチャードソン国際空港
ハリファックス・ロバート・L・スタンフィールド国際空港
マイレージサービスWestJet Rewards
会員ラウンジWestJet Lounge
親会社Onex Corporation
ウエストジェット航空(ウエストジェットこうくう、英:WestJet Airlines Ltd.、TSX: ⇒WJA)は、カナダ・アルバータ州のカルガリーに本部を置くカナダ第2位の大手航空会社。 カナダを代表する大手航空会社の一つで、国内の主要都市ほとんどに就航しており、国際線はアメリカ合衆国、メキシコ、カリブ海諸国、中米、ヨーロッパ諸国、アジアに運航している。グループ会社としてリージョナル路線を運航するウェストジェット・アンコール、ウェストジェット・リンク、そして傘下の格安航空会社(LCC)のSwoop(スウープ)がある。 サウスウエスト航空やモリス・エア(Morris Air
概要
歴史
創業期旧ロゴ
1996年2月29日に、最初のフライト(ボーイング737)が飛び立つ。当初、3機のボーイング737-200と220人の従業員を抱え、カルガリー国際空港をハブとして、バンクーバーやケロウナ、エドモントン、ウィニペグに就航を開始した。同年の年末にはレジャイナやサスカトゥーン、ビクトリアへも就航するようになる。1997年にはアボッツフォードが加えられ、搭乗旅客数は100万人を突破する。
1999年にはサンダーベイやグランドプレーリー、プリンスジョージも就航都市に加わる。2000年、東部カナダへと運航範囲を拡大し、ハミルトン国際空港を東部のハブとして、ハミルトンやモンクトン、オタワに就航を開始する。同年、立ち上げに参画したベドーら4人はカナダ航空業界への貢献度から「"Ernst & Young entrepreneur of the year award in Canada"」を受賞。
2000年代前半が加わり、その後、スーセントマリーやサドバリー、トンプソン、ブランドンにも飛ぶようになる。
2002年、東部の都市であるロンドンとトロントが新しい就航都市としてさらに加わる。2003年4月、ウィンザーやモントリオール、ハリファックス、セントジョンズ、ガンダーも加わえられる。
2002年の後半、エア・カナダの機密情報へ不正にアクセスしているとして、ライバルのエア・カナダより産業スパイとして告訴される。2006年5月29日、ウエストジェットはこの事実を認め、不正アクセスによる和解金500万カナダドルをエア・カナダに払い、かつエア・カナダとウェストジェットの名で1,000万カナダドルを様々な児童基金に寄付することで合意した。
2004年4月、東部のハブ空港をハミルトン国際空港からトロント・ピアソン国際空港へと移す。これによりハミルトンに飛んでいたフライトはトロントへ集約され、ドル箱路線のトロント、オタワ、モントリオール間の就航を強化した。同年、アメリカ線への就航を開始することが発表された。サンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックス、タンパ、フォートローダーデール、オーランド、ニューヨーク・ラガーディア(LGA)がそれである。 ETOPSを導入したことで、2005年9月20日、バンクーバーからハワイ諸島へ就航することを発表、同年12月にはホノルル(HNL)とマウイ島(OGG)への運航を開始した。なお、ハワイ諸島からの復路便は深夜の夜行便となっている。また、これらの便ではハワイの各島を結んでいるgo!モクレレ航空とのコードシェア提携を行っていた。 2006年、バハマのナッソーへ就航した事で、カナダとアメリカ国外へ飛ぶ国際線をスタートさせた。これは将来の国際市場参入を視野に入れた会社の重要な長期経営戦略に基づくものである。その後もカリブ海諸国への路線網は拡充されていった。 2014年6月15日、トロントからアイルランドのダブリンに就航、大西洋横断路線へ進出した[1]。
2000年代後半
2010年代)をスタート、ボンバルディアQ400を用いたリージョナル路線に就航する。