ウイルスの社会史
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理学療法を受ける幼いポリオ後遺症の患者、1950年代。

ウイルスの社会史 (ウイルスのしゃかいし) では、ウイルスとウイルス感染が人類の歴史へ与えた影響について記述する。ウイルスを原因とする伝染病は、約12,000年前の新石器革命で人間の行動が変化し、人口が密集した農業共同体が形成されたときに始まった。これによってウイルスは急速に拡散し、その後風土病となった。植物や家畜のウイルスも増加し、人間が農耕牧畜に依存するようになるにつれ、ジャガイモのポティウイルス(英語版)や家畜の牛疫といった病気が壊滅的な結果をもたらすようになった。

天然痘麻疹のウイルスは、ヒトに感染するウイルスの中でも最も古いものである。他の動物に感染するウイルスから進化したこれらのウイルスは、数千年前にヨーロッパ北アフリカの人類の前に初めて出現した。これらのウイルスは後にヨーロッパ人によって新世界へと運ばれたが、先住民はこれらに対する免疫を持っていなかったため、数百万人が伝染病で死亡した。インフルエンザパンデミックは1580年から記録されており、その後の世紀も頻度を増しながら発生し続けている。1918年から1919年にかけてのパンデミック (スペインかぜ) では4000万人から5000万人が1年以内に死亡し、歴史上最も壊滅的な伝染病流行の1つとなった。

ルイ・パスツールエドワード・ジェンナーはウイルス感染から保護するワクチンを開発した最初の人物である。1930年代の電子顕微鏡の発明によってウイルスの性質は解明され始め、ウイルス学研究は勢いを増した。20世紀には、昔からの病気も新しい病気も、多くがウイルスによって引き起こされていることが判明した。古来からのポリオの流行は、1950年代にポリオワクチンが開発されると制圧されるようになっていった。一方、HIVは、この数世紀の間に出現した新しいウイルスの中で最も病原性の高いものの1つである。ウイルスはその病原性に対して科学的関心が寄せられてきたが、ほとんどのウイルスは有益なものである。それらは種を越えた遺伝子の水平伝播によって進化を駆動し、生態系の中で重要な役割を果たす、生命に必須の存在である。.mw-parser-output .toclimit-2 .toclevel-1 ul,.mw-parser-output .toclimit-3 .toclevel-2 ul,.mw-parser-output .toclimit-4 .toclevel-3 ul,.mw-parser-output .toclimit-5 .toclevel-4 ul,.mw-parser-output .toclimit-6 .toclevel-5 ul,.mw-parser-output .toclimit-7 .toclevel-6 ul{display:none}
先史時代

過去5万年から10万年の間、現生人類の数が増加し世界中へ拡散するにつれ、新しい感染症が出現し、その中にはウイルスが原因のものも含まれていた[1]。それ以前の人類は小規模な孤立した共同体で生活していたため、伝染病はほとんど存在しなかった[2][3]。歴史上最も致死性が高く破壊的なウイルス感染である天然痘は、約1万1千年前インドの農村に初めて出現した[4]。このヒトのみに感染するウイルスは、おそらく齧歯類ポックスウイルスから派生したものである[5]。ヒトが齧歯類と接触するようになり、齧歯類が保持していたウイルスがヒトに感染するようになったと考えられる。ウイルスがいわゆる「種の壁」(species barrier) を越えたときの影響は深刻であり[6]、ヒトはほとんど免疫を持っていなかった可能性がある。当時の人類は小規模な共同体で生活しており、感染した人々は死亡するか、免疫を発達させるかした。この獲得免疫は、母乳中の抗体や母親の血液から胎盤を通過して胎児へ移動する抗体によって一時的に子孫へ伝達されるだけである。そのため、おそらく各世代で散発的なアウトブレイクが起こっていたと考えられる。紀元前9000年ごろ、多くの人々がナイル川の肥沃な氾濫原に移住し始め、ウイルスが定常的に存在するのに十分な人口密度となった[7]おたふくかぜ風疹ポリオといった、高い人口密度を必要とするウイルス病もこの時期に初めて出現した[8]

紀元前9500年ごろに中東で始まった新石器時代は、人々が農家となった時代であった[9]農業革命に伴うモノカルチャーの発達は、いくつかの植物ウイルスが急速に広まる機会となった[10]。インゲンマメ南部モザイクウイルス (southern bean mosaic virus) などのソベモウイルス(英語版)の多様化と拡散もこの時期に始まる[11]。ジャガイモや他の果物・野菜のポティウイルス(英語版)の拡散は約6600年前に始まる[10]

約1万年前、地中海盆地周辺に居住していた人々によって野生動物の家畜化が始まった。ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ウマ、ラクダ、ネコ、イヌが飼育下に置かれた[12]。これらの動物はそれぞれ種特有のウイルスを保持していた[13]。動物からヒトへのウイルスの伝染が起こる可能性はあったが、そのような人獣共通感染は稀であり、インフルエンザのような有名な例外はあるものの、その後のヒト-ヒト感染となるとさらに稀であった。ほとんどのウイルスは種特異的であり、ヒトへの脅威とはならなかった[14]。動物由来のウイルス病の稀な流行は、ウイルスがヒトへ完全に適応することはなかったため短期間で終息し[15]、ヒトの集団はまだ感染の連鎖を維持するには少なかった[16]

他の、より古くからあるウイルスは、脅威の少ないものであった。ヘルペスウイルスは8000万年以上前に現生人類の祖先にはじめて感染した[17]。ヒトはこれらのウイルスへの耐性を発達させてきた[18]。このような軽度のウイルス感染の記録は稀であるが、初期のヒト科生物も今日の人類と同様にウイルス性のかぜ、インフルエンザ、下痢に苦しんでいたと考えられる。より近年になって進化したウイルスが流行やパンデミックを引き起こしていることは、歴史が記録するところである[17]。インフルエンザウイルスは、ブタからアヒルなどの水鳥、そしてヒトへと種の壁を越えてきたと考えられる。
古代ポリオ後遺症の人物を描いたと考えられる古代エジプト石碑第18王朝

ウイルス感染の最初期の記録の1つは、古代エジプト第18王朝の神官を描いた石碑で、ポリオウイルスの感染に特徴的な尖足が描かれている[19]第19王朝ファラオであったサプタハミイラにはポリオの徴候があり、3000年以上前に埋葬されたラムセス5世や他のいくつかの古代エジプトのミイラには天然痘の証拠が残っている[20][21]。紀元前430年にはアテネで天然痘の流行があり、アテネ軍の4分の1と多くの市民が感染が原因で死亡した[22]

麻疹は古い病気であるが、それを初めて同定したのは10世紀のペルシアの医師アル・ラーズィー (865?925) である[23]


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