イーハトーブ
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イーハトーブとは、宮沢賢治による造語で、賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉である(表記についてはいくつかの変遷を経ている。後述)。岩手県をモチーフとしたとされており(詳細は後述)、言葉として「『岩手』(歴史的仮名遣で「いはて」)をもじった」という見解が定説となっているが、賢治自身は語源について具体的な説明を残しておらず、異説もある[1]
由来と変遷

賢治の作品中に繰り返し登場するが実はその語形には複数の形があり、年月とともにおおむね以下のような変遷をたどっている。

イエハトブ → イーハトヴ → イーハトーヴ → イーハトーヴォ/イーハトーボ → イーハトーブ

この語の成り立ちについて文献[2]によると、次の3点が挙げられる。
一貫して見られる語尾 -ov(o) の形は、ロシアの地名によくある語尾をもとにしたと推察される。

語尾が「ブ」「ヴ」から後に「ボ」「ヴォ」に変わったことについては、賢治がエスペラントに親しんだ事実やエスペラントでは名詞は -o で終わる語尾をもつことからエスペラントの影響であると推察される。

世間には「イーハトーブ」や類似の言い方をすべて含めて「エスペラント(を意識した言葉)である」などと解釈されることが少なくないが、これは正しい解釈ではない。

なお発音については「岩手」が由来であるとされたことから歴史的仮名遣による「イーワトーブ」ではないかという説もかつて唱えられたが、その後賢治が自筆した「IHATOV FARMER'S SONG」(日本語題は「ポラーノの広場のうた」)と書かれた楽譜が発見されたため、発音は「イーハトーブ」で正しいという見解に落ち着いている[1]

その他、房総で記録された宮沢賢治と同世代人のオーラルヒストリー録によると、次の意味として理解する者があったことがわかる[要文献特定詳細情報]。

「イ」は『人』べんなり。「ー」と「ハ」の字画と「トー」の字「十」をもって『平』を作る。「ブ」は「不」に二点をもって『衣』へんなり。即ち、縄(撚糸)で『衣』を発明した『人』『平』かなる縄文の世をいう。

賢治が同様に実在地名をベースとして造語し、作中に登場させた地名としてはモリーオ(盛岡[注 1]、ハームキヤ(花巻)、センダード(仙台[注 2]、シオーモ(塩竈)、トキーオ(東京[注 3][注 4]などがある。
童話集『注文の多い料理店』広告ちらしによる説明

賢治が生前に出版した唯一の童話集である『イーハトヴ童話 注文の多い料理店』の宣伝用広告ちらしの文章には、「イーハトヴ」について以下のような説明がなされている[4]。この広告文自体は無署名だが、下記の箇所を含む内容は賢治自身によるものと推定されている[4]。「イーハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは、著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。」

なお文中に出てくる「大小クラウス」はアンデルセンの『小クラウスと大クラウス』、「少女アリス」はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』、「テパーンタール砂漠」は、インドパキスタン国境付近のタール砂漠恩田逸夫[5]、またはラビンドラナート・タゴールの『新月』(1914年)に収録された母子の対話編「さすらいのくに」や「舟乗り」に登場する「おとぎ話の中の砂漠」(原子朗(編)『宮澤賢治語彙辞典』)[6]、「イヴン王国」は遊座昭吾[注 5]によればレフ・トルストイの『イワンのばか』からの引用[7]である。
賢治以後の使用

宮沢賢治の作り出した「イーハトーブ」という言葉(またはその変形の言葉)は、彼の作品とともに日本では広く知られるものとなった。例えば、この言葉は以下の事物の名称で使われている。

TVイーハトーブ - 東日本放送などの東北地方ANN各局で放送されていたテレビ番組

イーハトーブ号 - 岩手県紫波郡紫波町東京都豊島区池袋を結ぶ高速バス

イーハトーブトライアル大会 - 岩手県で開かれる

TL125イーハトーブ - ホンダのトライアル車

岩手銀行イーハトーヴ支店 - 岩手銀行のインターネット上の支店

イーハトーブマイル - 岩手県競馬組合による地方競馬重賞競走(盛岡競馬場

イーハトーボの劇列車 - 井上ひさしの戯曲(1980年初演)で、宮沢賢治が主人公

岩手県を舞台やモチーフとした芸術作品のタイトルに「イーハトーブ」が使用される例も見られる。岩手県出身の作家三好京三の小説『分校日記』を映画化した『分校日記 イーハトーブの赤い屋根』(熊谷勲監督)は1978年に公開された[8]。ほかにもさだまさし1993年に発表したアルバム『逢ひみての』には岩手を舞台にした『イーハトーヴ』が、谷山浩子1979年に発表したアルバム『夢半球』には『イーハトーヴの魔法の歌』がそれぞれ収録されている。

岩手県奥州市出身のミュージシャン・大瀧詠一の変名の一つに「イーハトーブ田五三九」がある。岩手県釜石市出身のミュージシャン・あんべ光俊は『イーハトーブの風』という曲を作曲した他、自らのウェブサイトを「イーハトーブ・ウィンズ」と名づけている。

1993年には、スーパーファミコン用ソフト『イーハトーヴォ物語』がヘクトから発売された。この作品は、イーハトーブを訪れた主人公が住人たちと交流しながら賢治の七冊の手帳を探し求めていくという内容のアドベンチャーゲームである。賢治作品に登場した人物や動物たちがイーハトーブの住人として登場し、原作から引用されたエピソードも数多く盛り込まれている。

1996年に、賢治の生涯をモチーフとした単発のテレビアニメ『イーハトーブ幻想?KENjIの春』が放映されている。

KONAMIの音楽ゲーム『pop'n music』では「アルビレオ」という猫のウェイターが楽曲の担当キャラクター登場しており、彼の出身地がイーハトーブである。また、担当曲の固有ジャンル名もアイディア段階では「宮沢賢治」だった。キャラクターの名前も『銀河鉄道の夜』からとられている。

Mac OS XのFont Bookにおいて日本語フォント選択時に「あのイーハトーヴォの…」で始まる文例が表示されるが、これは『ポラーノの広場』の一節を引用している。

2005年には賢治にゆかりのある岩手県内の5か所(2006年に1か所を追加)が「イーハトーブの風景地」として、文化財保護法に基づく国指定の名勝に指定された。

2012年、作曲家冨田勲は宮沢賢治の作品イメージに沿った『イーハトーヴ交響曲』を作曲。日本フィルハーモニー交響楽団により東京オペラシティコンサートホールで初演奏された[9]

2024年5月、古代のサンゴの一種であるコニュラリアに属する化石(岩手県一関市石と賢治のミュージアムが所蔵)が新種と確認され、イーハトーブにちなんだ「パラコニュラリア・イーハトーベンシス」と命名された[10]


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