インボルク
インボルクの火と煙(ハダーズフィールド)
挙行者ゲール人、ブリトン人
アイルランド人、スコットランド人
ウェールズ人、ネオペイガニスト
インボルク(英語: Imbolc)またはインボルグ(英: Imbolg)は、春の訪れを祝うケルト人[1]の祭りである。アイルランド語ではイモルグといい、インボルクの読みは英語化したものである。キリスト教においては聖ブリギッドの祝日でもあり、ブリギッドの聖日(スコットランド・ゲール語: La Fheill Brighde、アイルランド語: La Fheile Bride)とも呼ばれる。冬至と春分とのほぼ中間点にあたる[2][3]2月1日または2月2日に祝うのが一般的である。南半球では8月1日に行われる。 中世にノルマン人がアイルランドを侵略する前から、ゲール人支配下のアイルランドでの祝祭であった。アルスター物語群の『エヴェルへの求婚』に、この祭りに関する記述がみられる[4]。冬至と春分の中間に当たる2月1日に祝われるイモルクは、5月のベルタナ(Beltane)、8月のルーナサ(Lughnasadh)、11月のサウィン(Samhain)と並ぶクロス・クォーター・デイズ
概要
ケルト神話の女神ブリギッドの祝日とされる。この女神は太陽の光に加え、健康(医療)と鍛冶を司り、芸術や収穫と家畜、自然にも関わっている。とりわけ、羊が子を産む季節や乳に大きな役割を担っており、子羊が生まれるとインボルクが近いと言われた。また、グラストンベリー山の塔の南西側のドアには、ブリギッドの乳しぼりの姿が見られるという[1]。イモルグという名称自体が、古アイルランド語の「イ・モルグ(i mbolg)」(腹の中)すなわり羊の妊娠のことを指す古アイルランド語に由来すると考えられている[7]。この単語の由来を「オイメリック」(ヒツジの乳)とする説もある[8]。
インボルクのすぐ後にキャンドルマスが来るため[9]、インボルクという単語が、時に、英語のキャンドルマスの訳語と思われ、同一視されることもある[10]。そもそも、キリスト教が入って来て以来、インボルクを聖燭節と重ねるようになったともいわれている[1]。
20世紀には、インボルクは、ネオペイガニズムの祭としてよみがえった。特にウイッカ、ネオドルイド教、そしてケルト復興主義者の間で祝われている[2][3]。
歴史
有史以前タラの丘の墳墓
インボルクの日について、ニューグレンジ遺跡のサイトによれば、新石器時代にはその日が決められていたとされる[11]。これは、巨石文明の頃の、たとえば、アイルランドのミース県のタラの丘、人質の塚のような遺構の配置とも関連があり、遺跡では、インボルクやサムハインの日の出の際、太陽が、かつての墳墓の位置の延長線上に上るといわれる[12]。「ニューグレンジ」および「タラの丘」も参照
ゲール人の時代スピノサスモモの花
ゲール人支配下のアイルランドで、インボルクがどうやって祝われていたか、それを裏付けるものが、中世のアイルランドの文献にある。それ以外にも、19世紀から20世紀初頭の、アイルランドやスコットランドの田舎の民話をまとめたものもある[3][13]。
農業に携わる人々にとって、インボルクは古来より、雌ヒツジの乳しぼり、その後すぐにやってくる子ヒツジの誕生を知らせるものとして、身近なものだった。研究者のチャドウィックによれば、この時期は、2月の始まりを中心に、前後最大2週間のひらきがある[7]。しかし、それぞれの地域の気候もあって、農業の祝祭の時期に開きが生まれると、祭の時期、そして起源とに関しての議論を呼び起こすことにもなった[14]。かつてヨーロッパの農民は、種まきの前に、土壌の浄化と祝別のためにたいまつ行列を行って、収穫をつかさどる神に敬意を表していた。インボルクは、そういった、収穫への希望の表れであるともいえる[15]。
また、スピノサスモモはこの時期に咲くといわれる[14]。
ゲール民族の伝承オークニー諸島のバノック
かつて、また今もなお、この祭りは暖炉と家庭の祭であり、日が長くなって、春の兆しが感じられるのを祝うものである。祝いには、暖炉の火と特別な食べ物(バター、牛乳、バノック)が用意され、今後の縁起を占うために、ろうそくの火や、天候が良ければ焚き火が用いられる[2][3]。ウッドチャック
インボルクは伝統的に天候を占う日でもあり、蛇やアナグマが穴から出て来るのを見守るという古い言い伝えは、北アメリカのグラウンドホッグデー(2月2日、まれに14日に冬ごもりのウッドチャックが穴から出て来て、その日が晴天で自分の影を見た場合、また6週間の冬ごもりに入るという俗信)の先駆け的存在である。スコットランドのゲール人の、この日に関しての言い伝えにこのようなものがある。
Thig an nathair as an toll
La donn Bride,
Ged robh tri troighean dhen t-sneachd
Air leac an lair.
"The serpent will come from the hole
On the brown Day of Bride,
Though there should be three feet of snow
On the flat surface of the ground."
蛇が穴から出て来る、
この陰鬱なブリギッドの日に。
まだ雪は地面の上に、
3フィート(約91センチ)も積もっているのに。
インボルクはカリアッハ・ヴェーラ(ゲール民族の伝説に登場する妖婆)が、冬の残りの日々のために薪を探す日でもある。カリアッハ・ヴェーラは、冬を遅く終わらせようとたくらんでおり、インボルクが明るく晴れるのがわかると、今後も続く冬の薪拾いに精を出すため、この日が悪天候の場合、人びとは、冬がほぼ終わりかけていると知って安心するのである[17]。マン島では、インボルクの日には、カリアッハ・ヴェーラが、くちばしに棒を何本もくわえた、巨大な鳥の姿で見えるという[17]。クレープ
火と清めは、この祭りの重要な側面である。詩と医療と鍛冶の、ゲールの女神ブリギッドは[18]キリスト教では、女神と聖人の両面を持ち合わせ、聖なる井戸、医療に加え、神の火とも関連付けられている。ろうそくの明かりと火は、暖かさの再来と、やがて来る季節の太陽の力が増すことを表している[7]。
カトリックの国フランスでは、キャンドルマスの祝いとして、伝統的にクレープが作られるが、その丸い形が太陽を表すといわれる[15]。