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インテルナツィオナーレ・ミラノ
原語表記Football Club Internazionale Milano S.p.A.
愛称I Nerazzurri (黒と青)
La Beneamata (最愛の人)
Il Biscione (大きな蛇)
クラブカラー 黒
青
創設年1908年
所属リーグセリエA
所属ディビジョン1部(2023-24)
昨季リーグ順位3位(2022-23)
ホームタウン ミラノ
ホームスタジアム
スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ
収容人数80,018
代表者 張康陽(中国語版)
監督 シモーネ・インザーギ
公式サイト ⇒公式サイト
ホームカラーアウェイカラーサードカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ
インテルナツィオナーレ・ミラノ (Football Club Internazionale Milano S.p.A.) は、イタリア・ロンバルディア州ミラノを本拠地とするサッカークラブ。インテルナツィオナーレ(Internazionale、イタリア語発音: [?internattsjo?na?le])、インテル・ミラノ (Inter Milano)、またインテル (Inter) の愛称で知られる。
1929年に発足したセリエAとして知られるイタリアサッカーのトップディビジョンの歴史上、降格経験のない唯一のクラブである[注 1]。 また、イタリア史上初の主要タイトル3冠を達成したクラブでもある。2023-24シーズンには20回目のリーグ優勝を果たした。
概要ミラノダービーインテルのユニホームスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ
1908年創設。ホームスタジアムはスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ。愛称はクラブカラーに由来するネラッズーロ(イタリア語で「黒 (nero) と青 (azzurro)」[注 2])。サポーターはインテリスタと呼ばれる。
セリエAでは「三階建て」構造と呼ばれる、ユヴェントスFC、ACミラン、インテルのビッグ3となっている。
これまでにリーグを20回[1]、コッパ・イタリアを9回、スーペルコッパ・イタリアーナを8回制し、計37の国内タイトルを獲得している。UEFAチャンピオンズリーグではこれまでに3回優勝している(1964年、1965年の2連覇と2010年)。これは地元のライバルACミランに次いでイタリアで2番目の記録である[注 3]。2010年にはイタリアのクラブとして史上初の3冠(コッパ・イタリア、スクデット、ビッグイヤー)を達成した[2]。また、UEFAカップを3回、インターコンチネンタルカップ2回、FIFAクラブワールドカップを1回制している。
過去5シーズンの欧州コンペディションでの結果が反映されるUEFAクラブランキングは、2024年6月時点で6位であり、イタリアではASローマと並び1位タイである[3]。
2012年9月のDemos & Pi社の調査によると、インテルはイタリアで3番目(14.5%)に人気のクラブである[4]。2010年9月のドイツSport + Markt社の調査によると、欧州では8番目にファンが多いクラブ(1750万人)である[5]。
同じ都市・同じスタジアムを本拠地とするACミランとは永遠のライバル関係にある。
ユヴェントスFCとの対戦はイタリアダービー[注 4]、ACミランとの対戦はミラノダービーと呼ばれ、国内外の関心を集めるビッグマッチとなっている。
2024年1月、世界最大の会計事務所である『デロイト』が公表したデロイト・フットボール・マネー・リーグによると、2022-23シーズンのクラブ収入は3億7890万ユーロであり、世界のサッカークラブの中では14位、イタリアではユヴェントス、ACミランに次ぐ3位である[6]。
2024年から、アメリカの投資会社であるオークツリー・キャピタル・マネジメント(英語版)がオーナーを務めている[7]。 前身はACミランと同じ「ミラン・クリケット・アンド・フットボール・クラブ (Milan Cricket and Football Club)」だが、外国人選手の加入問題を巡ってクラブ内で対立が生じ、その反主流派(外国人選手の加入に積極的な一派)は1908年3月9日にミラノのレストラン“オロロージョ”にて会合を開き、ミランからの分離・独立を決める。新クラブは「国籍を問わず世界中の選手に門戸を開く」、という意味を込め、「FCインテルナツィオナーレ」と命名され、チームカラーは青、黒、金に決まった。 ACミランとのダービーマッチは、ACミランの5連勝で始まり、当初インテルはACミランに歯が立たなかった。しかし、1910年に5-0でACミランから初勝利。その後、両チームのライバル関係は激化していった。 そして、設立より2年後の1909-10シーズンには当時無敵だったプロ・ヴェルチェッリを10-3で倒して初のスクデットを獲得し、1919-20シーズンにもリヴォルノを倒して2回目のスクデットを獲得する。
歴史ジュゼッペ・メアッツァでの試合前。インテルのサポーター初のスクデットを獲得した1910年のインテルの選手達。
1908年?20年代前半 -インテルの誕生?発展期-