イラスト
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雑誌については「イラストレーション (雑誌)」をご覧ください。
ジェシー・ウィルコックス・スミスによるR・L・スティーヴンソン子どもの詩の園』のイラストレーション(1905年)ケイト・グリーナウェイメーデー

イラストレーション(: : : illustration,: 挿画,: ??)とは、図像によって物語小説などを描写もしくは装飾し、また科学・報道などの文字情報を補助する、形式よりも題材に主眼を置いた図形的もしくは絵画的な視覚化表現である。

イラストレーションは情報を伝達する媒体の1つであり、目的に沿って作成されるや図像であり、情報の図解という性格を持つ。マスメディアを通じて社会の中で機能することを大前提としており、グラフィックデザインの中の分野でもある。そのため、作家自身の世界を一貫して追求する芸術美術とは性質が異なっている[1]

イラストレーションを描くことを職業にしている人をイラストレーターという。
語源と日本語での「イラストレーション」イラストレイテド・ロンドン・ニュース」創刊号(1842年)。19世紀のジャーナリズムは競ってイラストレーションを導入した。

英語のillustration, illustrate及び西洋諸言語の同系の言葉の語源は「照らす」「明るくする」を意味するラテン語lustrare(さらにはlux「」に遡り、英語illuminate「照らす」と同一語源)であり、明るくすることから転じて「分かりやすくする(もの)」という意味となった。従って、西洋でのillustrationの元々の意味は図解や挿絵など印刷物の中に扱われ理解を助ける「図版」のことであったが、現在はさらに拡大した解釈で用いられている[2][3]

イラストレーションは、日本では略してイラストと呼ばれ一般化しているが、この略称は日本で作られたもので、海外では通じない[2]現代の日本におけるイラストレーションは単にを示すことも多いが、西洋のillustrationは基本的にはその意味がなく、また必ずしも絵だけには限らない。芸術としての絵画(ファインアート)に対し、イラストレーターが制作するような、分かりやすい「ポピュラー美術」に相当するのが現在の広義のイラストレーションであるとも言える。

挿絵はイラストレーションそのものであり、絵本漫画もイラストレーションに含まれ、もしくはイラストレーションを構成要素として持つが、これらはイラストレーションという呼称が普及した1960年代以前から存在していたため固有の呼称が用いられている。建築物完成予想図建築パース)もイラストレーションの一種である。
形態・領域ジョージ・クルックシャンクによる『オリバー・ツイスト』表紙(1846年)

デザイナー=イラストレーター・芸術家版画家写真家などによって制作されるイラストレーションは非常に幅広い領域に亘る[4]――

文学小説物語表紙児童書絵本)……

資料、技術領域:辞書百科事典、概説書や入門書、取扱説明書……

ジャーナリズム記事の図解、風刺画……

宣伝広告新聞広告雑誌表紙、ポスターパッケージ(箱や梱包)、ポストカードネオンサインショーウィンドー[5]

……

その他:CDジャケットキャラクターデザイン……

このリストは領域を限定するものではなく、こうしたさまざまな領域の境界線は不明瞭なもので揺れがある。例外はあるが、何らかのメッセージを持つテクストに付随するということと、印刷や版画といった手段により大量に複製されるということでイラストレーションは定義される。

イラストレーションは図解であるが、これは必ずしもイラストレーションがテクストに従属することを意味しない。ジョセフ・ヒリス・ミラーホルバインを例に取りつつ、イラストレーションと文章は対話的関係にあり相互干渉し意味を二重化するのであって同一のものを表すことは決してないと表現している[6]

作家チャールズ・ディケンズの出世作『オリバー・ツイスト』にはジョージ・クルックシャンクによるイラストレーションが添えられているが、これはディケンズの小説を基にクルックシャンクが挿絵を描いたのではなく、ロンドンの下層社会を描いた版画連作のためのスケッチをディケンズが見て『オリバー・ツイスト』のキャラクターを着想したものであった(と少なくともクルックシャンクは主張した)。イラストレーターによるキャラクターが小説に先行したのであり、この構図は今日の日本のライトノベルアニメマンガなどのキャラクタービジネスではより鮮明となっている[7]
美術とイラストレーション

イラストレーションはメディアで複製され機能する、メッセージを伴う図版表現として芸術作品から区別されるが、これは機能からの分類であり、機能と切り離してみれば「絵」の一種以外の何物でもない[8]。独創的な芸術作品もまたしばしば書籍のカバーや挿絵などのイラストレーションとして利用される。逆にイラストレーションの原本がその制作時の文脈に関係なく芸術作品として取り扱われ画廊などで販売されたりすることも少なくない[1]

美術においては画家という「個」から出発して1つの普遍性を目指すが、イラストレーションにおいては即座に人を捉える分かりやすい「個性」が求められる。このため美術では常に人とも過去の自分とも異なる表現が求められるが、イラストレーションではそうした桎梏から自由な反面、一度タッチなどの作風が定着するとその作風を反復し続けることを要求される側面もある[9][10]

イラストレーションにはさまざまな環境において大衆に訴求する分かりやすさが求められると同時に、大量に複製されることによって大衆が身近に触れることのできる絵画的表現物ともなっており、即時的な「消費される絵画」[11] であると同時に絵画(タブロー)にはない共有性や同時代性も持つ[12]。他方で消費社会の高度化に伴い商業領域でも「個」に訴求する表現が受け入れられるようになり表現者が美術とイラストレーションを往還し、またメディアも紙のみならずデジタルや環境などへと拡散していったため、美術との境界のみならずイラストレーションそのものの定義も揺らぎつつある[13]
用途ヨット図解イラストレーション

イラストレーションはさまざまなテーマを表現することができ、以下のような幅広い目的に用いられる――

物語のニュアンスを浮き彫りにする。

読者に感情を吹き込む。

登場人物に人格や顔を与える。

教育・科学的な記事などを視覚化する。

利用ガイドや取扱説明書などの説明を図式化する。

商品が売れるようにする。

イラストレーションに関わる職業はイラストレーター・写真家・その他の「クリエイター」だけではなく、作家や作品と最終的な顧客との関係を確保する重要な役割を担う仲介者も含まれる[1]――アートディレクターや制作ディレクターはイラストレーションの様式やアーティストをプロジェクトに最も適するように選択し、関係を確立し、仕様書を渡し、仕事の進行を管理し、必要な訂正を行わせる。図版担当の編集者は写真・文献・版画・絵画など、既に存在するありとあらゆる形態のイラストレーションから必要なものを探し出し、個人・各種組織・図書館美術館などの著作権所持者との交渉を行う。

今日では以上のような用途の少なからぬ部分は写真で代用可能となっているが、それゆえに独自の表現を求めてイラストレーションは多様化し[14]、またイラストレーターの目と手を通じた抽象化や説明性は対象を写真よりも理解しやすいものとするので、図鑑などのサイエンティフィック・イラストレーションや技術分野でのテクニカルイラストレーションとして生き続けている[15]
歴史ベリー公のいとも豪華なる時祷書』より6月
概略

イラストレーションの起源は定め難いが、文字では表すことのできないものを絵によって表すことから始まり、印刷技術の発明により、活字の他に絵による図版が登場し、大量生産によって大衆化することで本格化した。新聞、図鑑、解剖図などで挿絵が活躍する。

19世紀後半には数多の文学作品に芸術的な挿絵が添えられ、西洋のイラストレーションは黄金時代を迎える。印刷技術の大型化に伴い、ポスターが登場し、メディアとしての広がりを見せる。ヨーロッパでは、アール・ヌーヴォー画家デザイナーが華を咲かせた。ラファエル前派アーツ・アンド・クラフツナビ派アール・デコなどの美術潮流と相互に影響を及ぼし合う。やや遅れ、19世紀末から20世紀初頭にはアメリカ合衆国がイラストレーションの黄金時代を迎え、現代に至るまでのイラストレーションの原型がほぼ出揃う。

日本においても、1950年代後半にはイラストレーションという呼称が用いられるようになり、1960年代にはグラフィックデザインから独立したジャンルを築く。写真使用の一般化に伴い新聞雑誌などでの使用は減少したが、媒体自体の増加に伴い空間、環境、舞台、衣装、ウェブデザインコンピュータゲームなど、表現領域を大きく広げている[2][16]



起源

イラストレーションの起源は初期の図像表現と分かち難く、先史時代の洞窟壁画がその最初の形であろう[17]印刷機が発明されるまでは、には手描きで絵を入れていた。極東、とりわけ中国朝鮮日本では、8世紀から伝統的に版画により文章にイラストレーションを添えていたが、より一般的にはこれらの国々の絵画芸術では19世紀に至るまで絵画の方に短い詩文()が添えられるのが常であった。

西洋や中近東での始まりは中世ルネサンス彩色装飾であったとも考えられる。注目に値する数々の彩色装飾の中でも際立つのが『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』のそれである。イスラーム圏では絵画(タブロー)が宗教的理由で抑圧されたため写本芸術が発達を見た[18]
15-18世紀

15世紀には印刷術が発明され、書物には木版術(板目木版)で挿絵が施されるようになった。16世紀には製版術が進歩し、木版から銅版(凹版エッチング)へ[17]、そして18世紀末にはリトグラフへと発展していった[19]

17世紀のコメニウスの『世界図絵』は文字と絵を併置したはじめての視覚的教科書であった[20]。この時代の特筆すべきイラストレーターに、凸版エッチングを用いて自著に自らの手で挿画したウィリアム・ブレイクがいる。ディドロダランベール百科全書啓蒙思想に基づき大量のイラストレーションを使用し、今日のテクニカルイラストレーションの先駆けとなった[20]
19世紀初頭ジョージ・クルックシャンク『ボニーの火を消しちまえ!』(1814年)。ナポレオン・ボナパルトの追放を風刺

19世紀初頭には、大衆的な新聞や(en:almanac. 当時の暦は一種のメディアであった)が飛躍的に普及しマスメディアが形成され、そこに掲載された短篇小説や連載小説が人気を博したこともありジャーナリズムのイラストレーションが発達した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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