イベルメクチン(INN: ivermectin)は、マクロライドに分類される抗寄生虫薬である[1]。放線菌が生成するアベルメクチンの化学誘導体[1]。米メルク製造の商品名はストロメクトール、日本の販売はマルホが行う[2][3]。静岡県伊東市内のゴルフ場近くで採取した土壌から、大村智により発見された放線菌ストレプトマイセス・アベルミティリスが産生する物質を元に、米製薬メルク(MSD)が開発した[4][5]。最初の用途は、フィラリアとアカリア症を予防および治療するための動物用医薬品だった[6]。1987年にヒトへの使用が承認され[7]、現在ではアタマジラミ、疥癬、河川盲明症(オンコセルカ症)、腸管糞線虫症、鞭虫症、回虫症、リンパ系フィラリア症などの寄生虫の治療に使用されている[8][9][6][10]。標的とする寄生虫を殺すために多くのメカニズムで作用し[8]、経口投与、または外部寄生虫のために皮膚に適用できる[8][11]。
ウィリアム・キャンベルと大村智は、その発見と応用で2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞した[12]。世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに、腸管用駆虫薬、抗フィラリア薬、外部寄生虫感染症の治療薬として掲載されており[13]、日本では2002年に腸管糞線虫症、2006年に疥癬の内服薬として承認された[14][15]。後発医薬品が入手可能である[16][17]。
2020年4月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行初期に、in vitro(試験管内で)の研究により、高濃度のイベルメクチンが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖を抑制することが報告され、COVID-19の治療に応用できる可能性が示唆された[18][19][20][21]。人での有効性が未確認なため科学者や医師のほとんどは懐疑的であったが、ネット上で予防や治療に有効であるとの誤った情報が広く流布され、一般市民の間でこの薬の認知度が高まった[22][23][24][25][26][27]。そのため、イベルメクチンを処方箋なしに入手するために個人輸入する者や、抗寄生虫薬として承認された用量より多く服用(適応外使用)する者が出現し、政府や専門家による注意喚起が行われた[28][29][30][31]。
その後の人を対象にした研究では、COVID-19に対するイベルメクチンの有効性を確認することはできず、2021年には、有効性を示した研究の多くに不正行為や欠陥があることが明らかになった[32][33][34][35][36]。そのため、厚生労働省、世界保健機関(WHO)、アメリカ国立衛生研究所(NIH)や欧州医薬品庁(EMA)など世界の主要な保健機関は、臨床試験以外でCOVID-19の予防・治療としてイベルメクチンを使用しないよう勧告した[37][38][39][40]。