アーサー・オックス・サルツバーガー・ジュニア
Arthur Ochs Sulzberger Jr.
サルツバーガー(2016年)
生誕 (1951-09-22) 1951年9月22日(72歳)
アメリカ合衆国 ニューヨーク州マウント・キスコ
アーサー・オックス・サルツバーガー・ジュニア(Arthur Ochs Sulzberger Jr.、1951年9月22日 - )は、アメリカ合衆国のジャーナリスト・実業家である[1]。1992年から2018年にかけての『ニューヨーク・タイムズ』発行人であり、1997年よりニューヨーク・タイムズ・カンパニーの会長を務めている。 サルツバーガーはニューヨーク州マウント・キスコ
若年期と教育
サルツバーガーの母の出自はイングランドとスコットランドで、父はドイツ系ユダヤ人である[4]。両親は彼が5歳の時に離婚した。サルツバーガーは母が信仰していた米国聖公会の教えの下で育ったが、現在はいかなる宗教も信仰していない[5]。
1974年にタフツ大学で政治学の学士号(B.A.)を取得した。1970年代、サルツバーガーはベトナム戦争に反対しており、抗議集会に参加して逮捕されたこともある[6]。
キャリア(英語版)』紙で記者を務め、1976年から1978年までAP通信のロンドン特派員を務めた。
1978年にニューヨーク・タイムズ・カンパニーに入社し、ワシントンD.C.支局の特派員となった。1981年に地方面記者としてニューヨークに異動となり、翌年には地方面の編集者となった。1985年にハーバード・ビジネス・スクールの経営開発プログラムを卒業した。
1983年から1987年まで、サルツバーガーはプロダクションや経営企画などの経営部門で働いた。1987年1月、サルツバーガーは発行人補佐に任命された。1年後には副発行人に任命され、ニュース部門とビジネス部門を統括した。この間にサルツバーガーは、ニュージャージー州エジソンとニューヨーク市クイーンズ区カレッジポイントに新しい印刷・流通拠点を計画し、カラー印刷機を導入して6段のカラーの新聞の製作に関与した。
父アーサー・オックス・"パンチ"・サルツバーガーの跡を継いで、1992年に『ニューヨーク・タイムズ』の発行人に、1997年にニューヨーク・タイムズ・カンパニーの会長に就任した[7]。2018年1月1日付で息子のA・G・サルツバーガーに発行人のポストを譲った[8]。2020年9月、同年末をもってニューヨーク・タイムズ・カンパニーの会長を退任してA・G・サルツバーガーに譲り、自身は名誉会長となる予定であることが発表された[9]。 サルツバーガーは、1992年1月に正式に発足したタイムズスクエアビジネス改善地区
その他の活動
サルツバーガーはニューヨーク市のアウトワード・バウンド組織の設立に貢献し、2期に渡って会長を務めた[10]。現在はモホンク保護区(英語版)の理事を務めている[11]。 1975年5月24日、サルツバーガーは芸術家のゲイル・グレッグ
私生活
2014年5月、サルツバーガーはガブリエル・グリーン(Gabrielle Greene)と婚約した。2人は2014年8月30日、マサチューセッツ州マーサズ・ヴィンヤードで結婚した[15][16]。
脚注^ “ ⇒The New York Times Company Biography”. 2016年6月22日閲覧。
^ Barbara Winslow Grant, Mother of Times Chairman, Dies at 90, The New York Times, New York Edition, March 10, 2019, p.A23