ア・コントラクト・ウィズ・ゴッド
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ア・コントラクト・ウィズ・ゴッド
作者(2004年サンディエゴ・コミコン
製作者ウィル・アイズナー
発売日1978年
シリーズThe Contract with God Trilogy
ページ数196ページ
年表
次作A Life Force (1988)

『ア・コントラクト・ウィズ・ゴッド』(原題: A Contract with God and Other Tenement Stories) とは、アメリカの漫画家ウィル・アイズナーによる1978年のグラフィックノベルニューヨークの共同住宅に住む貧しいユダヤ人を描いた連作短編である。アイズナーは同じ一軒の共同住宅を舞台にした続編を2編描いている(A Life Force 1988年、Dropsie Avenue 1995年)。「グラフィックノベル」という言葉はアイズナーの発明ではないが、本書によって一般の認知を得たとされる。

本書は独立した4編の短編から構成される。"A Contract with God"(神との契約)では、宗教心が篤かった人物が幼い養女を亡くしたことで信仰を捨てる。"The Street Singer"(路上歌手)では、かつての花形オペラ歌手が路上で歌う貧しい若者を誘惑しようとし、若者も彼女を利用しようとする。"The Super"(管理人)では横暴で差別的な男性が小児性愛者に仕立て上げられて自殺する。"Cookalein"(クッカレイン)ではキャッツキル山地で休暇を過ごす登場人物たちの物語が交錯する。これら4編は失意、失望、暴力、民族的アイデンティティのモチーフによってテーマ的に連続している。絵はモノクロで大きなコマにドラマチックな構図で描かれ、戯画的な人物の表情が強調される。伝統的なコミックの形式と異なり、ナレーションの文章は枠で囲まれていないことがほとんどで、枠のないコマも多い。

1936年にコミック作家として活動を始めたアイズナーは、低俗なメディアとみなされていたコミックで芸術的表現を行う野心を持っていた。しかし彼の考えは賛同を得られず、代表作『ザ・スピリット(英語版)』を1952年に終わらせてからは、商業出版の世界を離れてインストラクション・マニュアルの作成を手がけていた。1970年代に至って、コミックを真剣に読むファン層が成立したことを知ったアイズナーは創作活動を再開し、文学的な内容を持つコミックを描く野心を固めた。一般書の出版社を版元とし、コミック専門店ではなく通常の書店で販売するのがアイズナーの望みだった。1978年、小出版社バロネット・ブックスから本書が「グラフィックノベル」と銘打たれて刊行された。それ以来この言葉は、本一冊分のボリュームを持つコミック作品を伝統的な30ページ前後のコミックブックと区別して呼ぶ名として定着した。当初本書の売れ行きは鈍かったが、アイズナーの同業者からは尊敬を集めた。後には大手出版社から何度も再版されている。アイズナーは本作でコミック界の長老としての地位を不動のものとし、その後2005年に死去するまでグラフィックノベルとコミック論の執筆を続けた。
内容とプロット概要

『ア・コントラクト・ウィズ・ゴッド』は社会的リアリズム(英語版)にメロドラマの要素を加えている[1]大恐慌時代の[2]安い共同住宅(テネメント(英語版))を舞台にした4編の短編から構成され[3]、絵と描き文字による序文 A Tenement in the Bronx が付けられている[4]。ブロンクスの共同住宅で育ったアイズナー自身の記憶が作品の由来の一つである[5]。アイズナーが本作に込めた狙いは、ユダヤ系アメリカ人の歴史で十分に語られていないと感じていた部分を掘り下げると同時に、芸術とみなされていなかったコミックで大人のための文学的な表現が可能であることを示すというものであった。アイズナーは序文において、漫画的な誇張をリアリズムの枠内に留めようとしたことを述べている[6]収録作はウィル・アイズナーブロンクスの共同住宅で過ごした幼少期の思い出を元にしている。

短編 A Contract with God には16歳で死んだ娘アリスに対するアイズナーの思いが描かれている[7]。アイズナーは2006年版の序文で初めてこの事情と、作品にも反映された神への感情を明かした[8]。The Street Singer および The Super はフィクションだが、子供のころに共同住宅で出会った人々の記憶から生まれた作品である[9]。Cookalein はもっとも自伝的な要素が強く、主人公の名「ウィリー」はアイズナー自身の少年時代の呼び名である[10]。アイズナーは「この作品を書くには相当な決意、言ってみれば度胸が必要だった」と述べている[11]

本作では性的な表現が目立つが、快楽主義を称揚するアンダーグラウンド・コミックスのように享楽的な描き方ではない[12]。そのような作風は熟年の実業家でもあるアイズナーの生き方にそぐわなかった。卑猥な言葉も作中では使われない[11]。評論家ジョシュ・ランバートによると、本作の性は「性欲を刺激するのではなく、不安を呼び起こすイメージ」として描かれており、その後に残されるのは「苦痛、失意、罪悪感」である[13]
"A Contract with God" (神との契約)

信仰心の篤いハシド派ユダヤ人の少年フリム・ハーシュは[注釈 1]、ロシアにある故郷の村からただ一人選ばれ、迫害を逃れるためアメリカに送られる。ハーシュは神との契約を石板に彫りつけて生涯善行を積むと誓い、それによって人生が成就すると信じた。移民したニューヨークではドロプシー・アベニュー55番地にある共同住宅に住み、敬虔な信徒として簡素な暮らしをおくる。あるとき自宅の戸口に乳児が棄てられているのを見つけると、その子レイチェルを養女とする。しかしレイチェルは幼くして病で死ぬ。ハーシュは神に激しい怒りをぶつけ、契約を破ったと非難する。信仰を捨て、禁じられていた髭剃り(英語版)を行ったハーシュは、管理を任されていたシナゴーグの債券を担保として不正に流用し、住んでいた共同住宅を買い取る。やがて強欲な事業家としてペントハウスに居を構え、非ユダヤ人の愛人を囲うようになる。しかし新しい人生でも空虚感は埋められず、神との間に新しく契約を結び直そうと考える。ハーシュは数人のラビに契約書を作成させるが、帰宅とともに急な心臓発作で命を落とす。エピローグではシュロイムという名の少年がハーシュの捨てた契約の石板を拾い、新たに自身の名を書き入れる[15]

アイズナーは本作の執筆を「個人的な苦痛についての訓練」と呼んだ[16]。彼は8年前に16歳の娘アリスが白血病で死んだことへの悲嘆と怒りを持ち続けていた[17]。初期のスケッチではハーシュの養女はアリスと名付けられており[10]、アイズナー自身の苦痛がハーシュを通して表現されていた。アイズナーはこう述べている。「[ハーシュが行った] 神との論判は私自身のものだ。私の信仰を踏みにじり、16歳の愛娘から花開いたばかりの命を奪っていった一人の神への激しい怒りを吐き出したんだ」[16]
"The Street Singer" (路上歌手)

年老いたオペラ歌手マルタ・マリアは、共同住宅の合間にある路地で歌っていた若者エディーをベッドに誘う[18]。アルコール依存症の夫のため歌手のキャリアを捨てていたマリアは、エディーの指導者としてショービジネスの世界に返り咲く望みを抱き、彼に衣装を買う金を与える。エディーはその金でウィスキーを買い込んで身重の妻の元に戻る。その妻もまた結婚によってショービジネス界を退き、夫から虐待を受けていた。


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