アワ
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この項目では、植物について説明しています。その他の用法については「あわ」をご覧ください。

「粟」はこの項目へ転送されています。字形が似た「栗」については「クリ」をご覧ください。

アワ
アワ
分類

:植物界 Plantae
階級なし:被子植物 Angiosperms
階級なし:単子葉植物 Monocots
:イネ目 Poales
:イネ科 Poaceae
:エノコログサ属 Setaria
:アワ S. italica

学名
Setaria italica P. Beauv.
和名
アワ(粟)
英名
foxtail millet、bengal grass

アワ(粟、学名、Setaria italica)は、イネ科エノコログサ属多年草雑穀類。五穀の一つに数えられる。
特徴

アジア原産。祖先野生種の分布がユーラシア大陸に広がっていることから起源地の推測は難しく[1]アフガニスタンおよびパキスタン西北部のアワが原始的な特徴を保存している系統であることから、中央アジアからアフガニスタン、インド亜大陸北西部あたりを原産地とする説が有力視されている[2][3]

草丈は150センチメートル前後[1]。穂は黄色に熟し、たれさがる。寒冷地の春アワと、温暖地の夏アワに生態が分かれている[1]。温暖で乾燥した風土を好み、生育期間が3 - 5ヶ月と短いために、高地や高緯度地域でも栽培することができる。栽培地域は広いが、多湿を嫌う[1]

祖先野生種は、エノコログサを原種とするといわれ[2][1]、エノコログサとの交雑もよくおこる[4]。体細胞染色体数は2n=18の二倍体であり[1]C4植物でもある。

一般に5月から6月頃に種をまき、9月下旬から10月頃が収穫の時期である[5]。品種の細分化が進んでいるため、耕作地に適した種子と栽培法が必要となる[5]。求肥性が強く連作を嫌うため、豆類、根菜類との輪作や、麦の間作や後作などによって、連作障害が避けられている[5]
種類

アワには大穂種(大アワ)と小穂種(小アワ)がある[2]。また、ウルチ種(ウル、粳)とモチ種(モチ、糯)がある[2][1]。また、収穫の時期から夏アワ、秋アワなどの品種に分けられる[注釈 1]。穂型では、円筒型、棍棒型、円錐型、猿手型、猫足型などに分類される[2]

穀粒の色分け区分としては、橙アワ、黄アワ、赤アワ、灰アワ、黒アワ、白アワがあり、中でも白アワが多いとみられている[1]
利用

穀物として粉食および、粒食される[1]。古くから、アジアインドヨーロッパなどで栽培されており[1]、有史以前にアジア、ヨーロッパ、アフリカの各地に伝播した[2]。日本では、古代より主食にされていたとみられている[1]
中国大陸 

中国大陸では紀元前5650年頃には黄河下流域の磁山文化、遼河流域の興隆窪文化でアワの栽培が行われていた[6]。古代中国大陸の草本書『食物本草』によれば、「味は塩辛く、性質は少し寒で毒はない。肝臓の働きを良くし、脾臓や胃の熱を去り、気を増す。」とある[5]

中国の華北中原において、黄河文明以来の主食は専らアワ(粟米、谷子)であり、「米」という漢字も本来はアワを示す文字であったといわれている[注釈 2]。また、で採用された税制である租庸調においても、穀物[注釈 3]を納付する「租」はアワで納付されるのが原則(本色)であった[7]

これに対して、華南ではから栽培が盛んになった[注釈 4]

中華人民共和国青海省民和回族トゥ族自治県喇家遺跡では、およそ4000年前のアワで作ったが見つかっており、現在、世界最古の麺といわれている。だが、連作二毛作を行うと、地力を損ないやすいことや、西域から小麦が伝わってきたこととも相まって、次第に主食の地位から転落することになった。しかし、現在でも中国ではアワなどにして、アワを食べる機会は多い。また、「鉄絲麺」という、最古の麺と同じような麺類を作る地方もある。
日本もちアワ

日本へはイネより早く伝来し、縄文時代には栽培されていたことが確認されており、日本最古の穀類作物とされている[2]。日本国内の主産地は、長野県関東地方岩手県などの東北地方岐阜県などの東海地方である[1]

アワは、ヒエダイズアズキ)・イネと並んで、神代史上にも記録されている日本古来の五穀である[8]新嘗祭の供物としても米とともにアワが用いられ、養老律令にも義倉にアワを備蓄するように定められており[注釈 5]、『清良記』などの農書にもアワについての解説が詳細に載せられているなど、古くから、ヒエとともに重要な食料作物だった。

だが、第二次世界大戦後には生産量が激減した。日本でもかつては粥にして食べていたが、現在は、米に混ぜて炊いたり、アワおこしとしたりするほか、クチナシで黄色に染めて酢じめしたコハダなどの青魚とあわせたアワ漬を正月料理として食べる程度である。また、主食用であったうるちアワよりも、菓子(アワ団子や粟餅など)、などの原料として用いられてきたもちアワの方が多く栽培されている。家畜家禽ペット飼料としての用途の方が多い。

日常食卓のアワ飯は、アワを5、6回とぎ洗いして一晩浸水したあとに、1.6倍量の水と少量の塩で炊飯する[5]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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