アルバート・サルミ
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アルバート・サルミ
Albert Salmi
カラマゾフの兄弟』(1958年)予告編より
本名Alfred Salmi
生年月日 (1928-03-11) 1928年3月11日
没年月日 (1990-04-22) 1990年4月22日(62歳没)
出生地 アメリカ合衆国ニューヨークブルックリン
死没地 アメリカ合衆国ワシントン州スポケーン
民族フィンランド系アメリカ人[1]
身長188 cm[1]
職業俳優
ジャンルテレビ
活動期間1954年 - 1989年
配偶者ペギー・アン・ガーナー(1956年 - 1963年)※離婚
ロバータ・ポロック(1964年 - 1990年)
著名な家族ジェニファー・サルミ(娘)

 受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー
助演男優賞
1958年(英語版)『カラマゾフの兄弟』『無頼の群

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アルバート・サルミ(Albert Salmi、1928年3月11日 - 1990年4月22日)はアメリカ合衆国俳優。主にテレビドラマを中心に活動し、特に西部劇作品での活躍に対してWestern Heritage AwardのBronze Wranglerを受賞している[2]
略歴

1928年にニューヨークブルックリンフィンランド移民であるSvanteとIdaのSalmi夫妻のもとに生まれる。家で両親はフィンランド語しか話さなかった[1]。高校を卒業すると、第二次世界大戦に従軍し、退役後、アクターズ・スタジオで演技を学び、舞台俳優となる。その後、ブロードウェイの舞台にも立つようになり、1955年初演の『Bus Stop』(ウィリアム・インジ作。1956年にマリリン・モンロー主演で『バス停留所』として映画化)にボー・デッカー役で出演し[3]、成功を収める。

1950年代半ばからテレビドラマに出演するようになる一方、1958年に『カラマゾフの兄弟』で映画デビュー。本作と『無頼の群』の2作品での演技により、同年のナショナル・ボード・オブ・レビュー賞(英語版)で助演男優賞を受賞する。その後はテレビドラマを中心に活動し、特に西部劇作品での活躍が評価され、1967年にはWestern Heritage AwardのBronze Wranglerを受賞している[2]
私生活

生涯で2回結婚している。最初の妻は元子役スターのペギー・アン・ガーナーで、1956年に結婚し、娘キャサリン・アン・サルミが生まれるが、1963年に離婚する。なお、娘キャサリンは1995年に38歳で心臓病により死去している[1]

2番目の妻ロバータ・ポロックとは1964年に結婚し、2子をもうける。そのうちの1人、娘のジェニファー・サルミは女優である[4]

俳優としては悪役など強面の役柄を演じることが多かったが、本人はもの静かな家族思いの人物で、ハリウッドの派手な生活を嫌い、晩年は妻と暮らしていたワシントン州スポケーンで俳優の育成を行なっていた[1]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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