アルゼンチンの歴史
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アルゼンチンの歴史(アルゼンチンのれきし)では、アルゼンチン共和国歴史について述べる。目次

1 先コロンブス期(先史時代-1516年)

1.1 先インカ期(先史時代-15世紀)

1.2 インカ帝国による征服(15世紀-16世紀)


2 スペイン植民地時代(1516年-1810年)

3 解放戦争と内戦(1810年-1829年)

4 ロサス時代(1829年-1852年)

5 土着主義の敗北と国家統一(1853年-1880年)

6 急速な近代化と「移民の洪水」(1880年-1916年)

7 急進党の時代(1916年-1930年)

8 「忌まわしき十年間」(decada infame)(1930年-1943年)

9 ペロニスモの時代(1943年-1955年)

10 暴力と衝突の時代(1955年-1982年)

10.1 暴力と衝突の時代(1955年-1966年)

10.2 アルゼンチン革命の挫折(1966年-1973年)

10.3 ペロンの復権(1973年-1976年)

10.4 軍事独裁政権(1976年-1982年)

10.5 マルビナス戦争(1982年)


11 敗戦と民政移管から経済崩壊まで(1982年-2003年)

12 現在のアルゼンチン(2003年-)

13 年表

14 日本との二国間関係

15 脚註

15.1 注釈

15.2 出典


16 参考文献

17 関連項目

18 外部リンク

先コロンブス期(先史時代-1516年)
先インカ期(先史時代-15世紀) パタゴニア手の洞窟

アルゼンチンの最初の住民は、紀元前11000年にアジアからベーリング海峡を渡ってやってきた人々だった。彼等はパタゴニアに「手の洞窟」を残している[1]

先インカ時代の15世紀以前からも、山岳地帯には、ケチュア系、アイマラ系の先住民(インディオ)が、ケチュア語パンパと呼ばれた草原地帯や、同じくケチュア語でチャコと呼ばれた北部のサバンナ地帯にはチャルーア族や、グアラニー族といった狩猟民族や、原始的な農耕を行う部族が居住していた。
インカ帝国による征服(15世紀-16世紀) アイマラ族が15世紀に築いた、アルゼンチン北西部ティルカラにあるティルカラのプカラ(石壁)。フフイ州

アルゼンチン領域は、インカ皇帝トゥパク・インカ・ユパンキワイナ・カパックの遠征によって征服され、タワンティンスーユ(インカ帝国)の一州であるコジャスーユに組み込まれたものの、北西部のアンデス山脈地方においてさえもインカ帝国の権威は強くなかった。インカ時代においてもアルゼンチンは辺境の地であったといえる。アルゼンチンにおけるインカ帝国の領域は現在のフフイ州サルタ州トゥクマン州カタマルカ州ラ・リオハ州サン・フアン州サンティアゴ・デル・エステロ州メンドーサ州北西部にまで及んでいた。

16世紀のスペイン人による発見直前の現在のアルゼンチンの地域には、草原地帯、山岳地帯共に約12の部族、合計24の部族を併せておよそ340,000人のインディオがいたと推計されている[2]。インカ帝国の一部であった北西部のアンデス地域が最も発展しており人口が多く、パンパには30,000人、パタゴニアには10,000人ほどのインディオがいたとされている。パタゴニアの名はフェルナン・デ・マガリャンイス(マゼラン)が遭遇したインディオの足の大きいことに驚いたことから来ているが、パンパはケチュア語からであり、この草原地域にまでインカ帝国の影響があったことが窺える。アルゼンチンにおけるインカ文明の影響は、現在もアンデスのフォルクローレの代表的な曲『ウマウアカの男』に歌われるフフイ州ウマウアカ村のカルナバルなどに見てとれる。
スペイン植民地時代(1516年-1810年)「スペインによるアメリカ大陸の植民地化」も参照 創設期のブエノスアイレス Argentinaの語の初出とされる、1602年のマルティン・デ・バルコ・センテネラによる叙事詩『アルゼンチンとラ・プラタ河の征服』 サン・イグナシオ・ミニ伝道所

1492年にスペイン王室に雇われたジェノヴァ人の航海家クリストーバル・コロンアメリカ大陸を「発見」すると、以後南北アメリカはスペインポルトガルイギリスフランスを主とするヨーロッパ諸国によって植民地化されることになった。

現在のアルゼンチンに相当する地域はトルデシリャス条約に基づき、スペインの優先権が認められていたために、アルゼンチンは1516年のスペイン人征服者フアン・ディアス・デ・ソリスの到来によって「発見」され、植民地化が始まった。


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