アルクビエレ・ドライブ
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アルクビエレ・ドライブ(Alcubierre drive)は、メキシコ人の物理学者ミゲル・アルクビエレ(英語版)[1]が提案した、アインシュタイン方程式の解を基にした空想的アイディアである。これによれば、もし負の質量といったようなものが存在するなら、ワープないし超光速航法が可能となる。

発表[2]以来、それを基にした論文がたびたび発表され、物理学界の片隅で今なお議論が行われているテーマである。
概要Alcubierreのワープ原理の直観的イメージ。

アルクビエレのアイデアは、直感的に表現すると船の後方で常に小規模なビッグバンを起こしつつ船の前方で常に小規模なビッグクランチを生じさせ、光より速く船を押し流すような時空の流れを生み出そうというシンプルかつダイナミックなものであった。川にボトルシップを浮かべ、進行させたい方向とは逆である船体後方水面に投石し、流していくようなイメージである。シャクトリムシの移動イメージにも似ている。

これに対し1997年、タフツ大学のMichael J. PfenningとL. H. Fordは「時空歪曲という工程が、宇宙にある全エネルギーの100億倍のエネルギーを要すため現実ではワープは理論上、実現不可能」という趣旨の論文[3]を発表した。光速を超えるような大きな時空の伸縮は現在知りうる物理学の範囲では、たとえ小規模でもエネルギーがかかりすぎるという結論である。

しかしアルクビエレのワープドライブは数ある超光速航法に関する論文の中でも比較的現実味があり、原案が否定され他にも様々な問題点が見つかった今に至っても改良案や応用案がたびたび議論されている。
物理学的考察
基礎理論Alcubierreのワープドライブにおける時空の膨張と収縮。3次元空間が1枚の平面に圧縮され、面から上が時空の膨張、面から下が収縮を表す。円の中心に宇宙船が配置され、平面の手前の辺に沿って左から右にx軸方向を、奥へ向かう辺に沿ってρをそれぞれ取る。

1994年、アルクビエレは一般相対性理論の記述形式の一つである3+1形式から出発し、『スタートレック』のワープ航法をヒントにして次のような形の計量(直感的に言えばこの場合は時空の歪み方)を考案した。

d s 2 = g α β d x α d x β , = − d t 2 + [ d x − v s ( t ) f ( r s ( t ) ) d t ] 2 + d y 2 + d z 2 , {\displaystyle {\begin{aligned}ds^{2}&=g_{\alpha \beta }dx^{\alpha }dx^{\beta },\\&=-dt^{2}+\left[dx-v_{s}(t)f(r_{s}(t))dt\right]^{2}+dy^{2}+dz^{2},\\\end{aligned}}}

f ( r s ) = tanh ⁡ ( σ ( r s + R ) ) − tanh ⁡ ( σ ( r s − R ) ) 2 tanh ⁡ ( σ R ) , {\displaystyle f(r_{s})={\frac {\tanh \left(\sigma (r_{s}+R)\right)-\tanh \left(\sigma (r_{s}-R)\right)}{2\tanh(\sigma R)}},}

r s ( t ) = ( x − x s ( t ) ) 2 + y 2 + z 2 . {\displaystyle r_{s}(t)={\sqrt {(x-x_{s}(t))^{2}+y^{2}+z^{2}}}.}

ここにおいて x s ( t ) {\displaystyle x_{s}(t)\,} はワープ計量の中心の位置(すなわちワープ航宙船の位置)、 r s ( t ) {\displaystyle r_{s}(t)\,} はその中心からの距離、 v s ( t ) = d x s ( t ) / d t {\displaystyle v_{s}(t)=dx_{s}(t)/dt\,} はワープ速度、 R {\displaystyle R\,} はワープ計量の半径、 f ( r s ( t ) ) {\displaystyle f(r_{s}(t))\,} はワープ計量の形状、 σ {\displaystyle \sigma \,} は空間伸縮が行われているワープの壁の厚みに関する尺度を、それぞれ表している。上式は万有引力定数および光速度が G = c = 1 {\displaystyle G=c=1\,} の幾何学単位系を用いて記述されている。

なお、 f ( r s ( t ) ) {\displaystyle f(r_{s}(t))\,} の表式は閉じた因果曲線を描かない、つまりタイムマシンができてしまわないように双曲線関数が選ばれたに過ぎず、基本的には以下の条件

lim σ → ∞ f ( r s ( t ) ) = { 1 , for r s ∈ [ − R , R ] , 0 , otherwise , {\displaystyle \lim _{\sigma \rightarrow \infty }f(r_{s}(t))={\begin{cases}1,&{\mbox{for}}\quad r_{s}\in [-R,R],\\0,&{\mbox{otherwise}},\end{cases}}}

のように、大きな σ {\displaystyle \sigma \,} に対して急速に変化するものであれば任意の関数でよい。
このようにして定義された計量の測地線方程式を解くと、このワープバブルが存在する時空中に静止している観測者の4元速度は次のようになる。

d x μ d t = u μ = ( 1 , v s ( t ) f ( r s ( t ) ) , 0 , 0 ) , u μ = ( − 1 , 0 , 0 , 0 ) . {\displaystyle {\frac {dx^{\mu }}{dt}}=u^{\mu }=(1,v_{s}(t)f(r_{s}(t)),0,0),\quad u_{\mu }=(-1,0,0,0).}

そしてこの計量は以下のような非常に面白い性質を持つ。

一見すると、ワームホールのような特殊な時空構造を導入することなく通常の自然な時空に局所的かつシンプルな変更を加えるだけで作成できる。

宇宙船の固有時間 τ {\displaystyle \tau \,} と歪みのないミンコフスキー計量にいる観測者の時間 t {\displaystyle t\,} との間の関係が d τ = d t {\displaystyle d\tau =dt\,} となる。つまりワープしている観測者と外から見ている観測者との間には時間の差異が存在しない。すなわち静止した状態でワープに突入した宇宙船は、このワープによっていかなるスピードで飛行していようとも加速していない状態が保たれる。

宇宙船から一定以上離れた後方の空間が極端に膨張し、前方の空間が極端に収縮するような時空が形成される。これがこのワープによる移動の原理であり、宇宙論において宇宙の膨張は光速を超えることが許されることをメカニズムの基礎としている。すなわち宇宙船の周囲の平坦な時空をバブル状に切り取って、超光速で伝播する特殊な時空の波に乗せてサーフィンをさせるような原理である。

PfenningとFordの更なる考察によると、バブル中の f ( r s ( t ) ) ≠ 1 {\displaystyle f(r_{s}(t))\neq 1\,} である領域ではバブルの中心から ρ = y 2 + z 2 {\displaystyle \rho ={\sqrt {y^{2}+z^{2}}}\,} だけ離れるほど速度が不均一となり、バブルの中心に位置する観測者から見てバブルの後方へ押し流しバブルの外へはじき出してしまおうとする圧力が生じる。また、バブルの外に静止している観測者から見るとバブルに隕石などが衝突した場合、バブルの前面でバブルの移動スピードと同じ速度まで加速されバブルの後面で衝突前と同じ速度まで減速されるため、衝突物体はワープバブルに捕獲された間だけの距離を移動するが衝突の前後で運動量は変化しない(ただしバブル表面の時空変化は非常に過激であるので、衝突物体はブラックホールに吸い込まれた時のように潮汐力で粉砕される。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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