サー・アラン・パーカー
Sir Alan Parker
2008年
本名Sir Alan William Parker
生年月日 (1944-02-14) 1944年2月14日
没年月日 (2020-07-31) 2020年7月31日(76歳没)
出生地 イングランド
ロンドン・イズリントン
国籍 イギリス
職業映画監督、映画プロデューサー、脚本家
活動期間1971年 - 2003年
主な作品
『ダウンタウン物語』
『ミッドナイト・エクスプレス』
『フェーム』
『ピンク・フロイド ザ・ウォール』
『バーディ』
『エンゼル・ハート』
『ミシシッピー・バーニング』
『愛と哀しみの旅路』
『ザ・コミットメンツ』
『エビータ』
『アンジェラの灰』
『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』
受賞
カンヌ国際映画祭
審査員特別グランプリ
1985年『バーディ』
東京国際映画祭
監督賞
1991年『ザ・コミットメンツ』
英国アカデミー賞
作品賞
1991年『ザ・コミットメンツ』
監督賞
1978年『ミッドナイト・エクスプレス』
1991年『ザ・コミットメンツ』
脚本賞
1976年『ダウンタウン物語』
生涯功労賞
1984年
フェローシップ賞
2012年
その他の賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
監督賞
1988年『ミシシッピー・バーニング』
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アラン・パーカー(Sir Alan William Parker、CBE、1944年2月14日 - 2020年7月31日)は、イングランド出身の映画監督、映画プロデューサー、脚本家。 ロンドン出身。コピーライターを経て、友人のデヴィッド・パットナムが1971年に映画『小さな恋のメロディ』を製作する際、原作・脚本を担当して参加し映画界と関わるようになる。1974年のBBC制作によるテレビ映画、『The Evacuees』ではBAFTAのテレビ部門賞を獲得。1976年の『ダウンタウン物語』で劇場用映画の監督デビューを果たす。1978年の監督作『ミッドナイト・エクスプレス』が高い評価を獲得し、自身もアカデミー監督賞にもノミネートされた(アカデミー賞6部門ノミネート、2部門受賞)。その後も1980年公開の『フェーム』では興行的成功を収め、1985年の『バーディー』ではカンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリを受賞。1988年の『ミシシッピー・バーニング』では再びアカデミー賞にノミネートされた。その後、英ディレクターズ・ギルドの設立に関わり、英フィルム・カウンシルの会長も務めた。1990年代後半には英映画協会(BFI)の会長を務め、1995年には大英帝国勲章司令官(CBE)、2002年にはナイトの爵位を受けた。2013年にはBAFTAから最高の栄誉とされるフェローシップ賞を贈られた。 妻リサ・モーラン=パーカーとの間に5人の子供、7人の孫がいる。[1] 音楽界にも携わり、プログレッシブロック・バンド「ピンク・フロイド」の大ヒットアルバム『ザ・ウォール』を、1982年『ピンク・フロイド ザ・ウォール』のタイトルで映画化。 小説家としても、Puddles In The Lane、The Sucker's Kissなどの作品を発表している。 2020年7月31日、76歳で病没[2]。
略歴
主な作品
監督
ダウンタウン物語 Bugsy Malone(1976年、兼脚本)
ミッドナイト・エクスプレス Midnight Express(1978年)
フェーム Fame(1980年)
シュート・ザ・ムーン
ピンク・フロイド ザ・ウォール Pink Floyd The Wall(1982年)
バーディ Birdy(1984年)
エンゼル・ハート Angel Heart(1987年、兼脚本)
ミシシッピー・バーニング Mississippi Burning(1988年)
愛と哀しみの旅路 Come See the Paradise(1990年、兼脚本)
ザ・コミットメンツ The Commitments(1991年)
ケロッグ博士 The Road to Wellville(1994年、兼脚本・製作)
エビータ Evita(1996年、兼脚本・製作)
アンジェラの灰 Angela's Ashes(1999年、兼脚色・製作)
ライフ・オブ・デビッド・ゲイル The Life of David Gale(2003年、兼製作)
原作・脚本
小さな恋のメロディ Melody(1971年)
著書